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柱の傷

物心ついたときから、団地に住んでいた。

身長を測り、部屋の柱にボールペンや鉛筆で印を付ける。「いつかこの位まで伸びるだろう」と思い椅子に乗って引いたラインには、結局大人になっても届かなかった。

柱に線を引く瞬間は、少し罪悪感が湧く。引っ越しをする場合、今まで部屋に付けたキズや汚れは、お金を払ってキレイに直さなければならない。そんな話を、どこかで聞いたことがあったからだ。ポスターを剥がした壁に残るセロハンテープの痕。襖にぶつけて開いた穴。引き戸の裏側の壁に描いた、大きな落書き。ぜんぶぜんぶ、いつかキレイにしなければならない——。

しかし、その後、柱がヤスリがけされることはなく、壁がペンキで塗り替えられることはなかった。老朽化のため、団地は建て替えることになったのだ。

結局私は取り壊しの現場を見ていない。ただ、巨大なショベルカーが、古びた団地の壁を落書きごと粉々にするのを想像していた。

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