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本当に皇室に「家」は存在しないのか?

 最近、ネット上で「皇室に家は存在しない」と言う意見がしばしば上がっています。

 確かに、それも「天皇家は存在しない」という意味では一理あります。

 そもそも天皇陛下は「家」を超えた存在です。その意味では「天皇家」という言葉は不正確です。

  ただ、ある有名な保守論客の方が「天皇家」という言葉を使っていた人に対して「左翼のスパイ」と言う旨のことをブログに書かれていましたが、それは流石に(気持ちは判らないでもないですが)言い過ぎであろうと思います。

 議論の分かれるところでしょうが、皇室は「複数の家」で構成されている、とみることも可能です。

  歴史上「院宮王臣家」という言葉があります。これは史料上は「諸院諸宮王臣家」と言う表記をされることも多いようですが、「院」は上皇や女院、「宮」は皇太子(東宮)と皇后や皇太后、大皇太后(中宮)、そして「王臣家」は皇族の親王・王や有力貴族の家のことです。

 「天皇の家」は無くても「皇族(王)の家」はあった、と評価することが出来ます。

 少しややこしいのが「院宮」です。これは元々は「諸院」「諸宮」と記されていたからです。当初の意味では一代限りであって「家」を意味しなかったようですが、ただ、院庁も春宮坊も中宮職もいずれも家政機関です。

 そこで私は以前「上皇や皇后に家政機関があるのであれば、天皇の家政機関もあるだろう」と思って、律令を読み直したことがあります。

 しかし、実は『養老律令』のどこを見ても「中宮」や「東宮」に直属する家政機関はあっても、天皇陛下直轄の家政機関は無かったのです。

 無論、中務省や後宮が天皇陛下の身の回りの世話はします。天皇陛下の身の回りの仕事をする人を「侍従」と言います。

 では、侍従の上司は、と言うと中務卿です。「侍従長」みたいな役職はありません。中務卿は侍従長とは違い、全国の戸籍の官吏を始め様々な仕事を与えられており、天皇陛下の側近である管理職の人が家政を担っている、と言う訳では無いのです。

 中宮職や春宮坊には、皇后や皇太子の側近の管理職の人がいる訳ですから、これは異様です。無論、陛下が家政に口を出すことは出来ますが、それはあくまでも侍従経由であって、侍従が中務卿に伝えるまでは何も動きません。侍従への支持も、侍従の直接の上司は中務卿ですから、かなり迂遠な手続きになります。

  これは矛盾とかではなくて、意図的なものでしょう。「天皇に私は無い!」と言うことですね。

 結果、皇室全体の家政は寧ろ直属の家政機関を備えた「院宮」側の人が行うようになるわけで、それが中世の院政の起源になってのでは、と私は推測しています。(そういう説の論文も出ていますので、議論の経過を見守りたいです。)

 なので、当時の皇統直系のことを「院宮家」と言う人もいます。それも一つの見方ではないか、と思います。

 「天皇の家」は無くても「院(又は中宮)の家」はあったのではないか、そこに天皇も属していたのではないか、と言うことですね。

 無論、「天子に父母なし」の言葉に表される通り、天皇陛下はどこの家にも属していない、と言う思想もあった訳ですから、「天皇家」と言う表現はやはり可笑しいですし、「院宮家」も「天皇陛下の出身の家」と言う程度に見た方が良いのかもしれませんが。

 いわゆる皇室は「院宮家」に「諸王家」、中世以降はそれに「宮家」も加わりますが、そうした様々な家の集合体であって、その中心にどこの家にも属さない天皇陛下がおられる、そういうイメージで捉えるべきなのではないか、と今のところは考えています。

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