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保守派がフェミニズムに同意しない簡単な理由

 ネット上で定期的に上がってくる「フェミニストにならない男は女性差別だ!」と言う言葉、これはもう、二重の意味でオカシイ論法です。

 まず、その人は自分たちと相手とで「フェミニズム」の意味が違うことも理解していません。そして、仮に彼らの意味でフェミニズムを定義すると、余計に矛盾するという笑い話です。

 だって、彼らは「女性差別に反対するのがフェミニストだ!」と考えている訳でしょ?じゃあ、男性がフェミニストになったらダメじゃん

 え?意味が判りませんか?

 彼らは「男性が女性よりも強い立場にある!」と言う前提ですよね?で、その上で「女性解放運動に男性が参加しろ!」と言っている訳ですよね?

 これ、「男性」を「経営者」に、「女性」を「労働者」に、置き換えてみてください。

 言うまでも無く「経営者が労働者よりも強い立場にある」状況で「労働者解放運動に経営者が参加しろ!」等と言おう日には「不当労働行為を推奨しているのか!」と、場合によっては裁判沙汰になります。

 だから、仮に「フェミニズム=女性解放」であるならば、余計に男性がフェミニズム運動に参加してはいけません

 ところが、世間を見ると「男性フェミニスト」が沢山いますね。

 有名どころでは、「日焼け止めを塗るために女子トイレを使いたい!」と公言している勝部元気氏とか、「子宮のある人、生理のある人」と呼ぶと公言している能川元一氏とか。

 そういう変態男性がフェミニストを名乗っていて、且つ、それが政界でも学界でも受け入れられている以上、「フェミニズム=女性解放」と言う定義がそもそも間違っていると判断せざるを得ません。

 それでは、保守派はフェミニズムをどう定義しているのか。

 簡単です。それは「フェミニズム=生命軽視」と言う定義です。

 まず「フェミニストの絶対条件」を見てみましょう。それは決して「女性の権利を守ること」では、ありません。そのことはこれまで何度も述べてきました。

 政界でも学界でも、フェミニストの圧倒的多数は「TRA」「売買春容認派」「子宮頸がんワクチン推奨派」のいずれかです。つまり、女性の権利を侵害する側です。

 それでは、フェミニストであれば全員が当て嵌まる定義はあるのか?

 少なくとも、政界や学界におけるフェミニストであれば全員が該当する定義ならばあります。それが「生命軽視派」です。

 政界でも学界でもフェミニストを名乗る人たちは、とにかく「生命尊重派(プロライフ)」を攻撃します。少しでも「胎児の命を尊重するべき」と言った瞬間、待ってましたとばかりに「こいつは中絶禁止を企む女性差別主義者だ!」と言って攻撃してくるのが、政界でも学界でもフェミニストに例外なく見られる特徴です。

 彼らが「徹底しているな~」と思うのは、相手が女性であっても「胎児の生命を尊重」と言ったらとにかく攻撃すると言うことです。

 例えば、マザーテレサへのバッシング。

 この記事ではマザーテレサが「世界中で戦争や暴力や中絶により多くの生命が奪われているのは耐えられないこと」「私たちは、何千という子供たちの養子縁組をすることによって中絶と闘ってきました」などと述べたメッセージを「物議を醸した」と否定的に述べています。

 冷静に考えてて堕胎を避けるために養子縁組を推奨するのはむしろ称賛されるべきこと(未だに内密出産法制化をしない日本性の方が問題では?)ですし、何よりもカトリックの修道女が「中絶で多くの生命が奪われていても耐えられます!」等と言えるはずがないのに、そうした事情を一切考慮せずにマザーテレサを攻撃している訳です。

 無論、これは「一部の過激なフェミニスト」の主張などでは決してなく、ハフポストはむしろ穏健派の媒体です。

 カトリックの修道女を攻撃する一方、能川元一氏や勝部元気氏を受け入れるのがフェミニストであるならば、その目的が「女性の権利」では無くて「生命軽視」そのものであることはあまりにも明白では無いでしょうか?

 それが違うというのであれば、①「プロライフ女性をフェミニストとして受け入れる」②「男性のフェミニズム運動への参加を認めない」の二点を表明すればよいのです。

 それが何故か「男もフェミニストになれ!」とか言って、フェミニズムの目的が女性解放では無いことを自白してしまっているからこそ、保守派は否定的に見ているのです。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。 拙い記事ではありますが、宜しければサポートをよろしくお願いします。 いただいたサポートは「日本SRGM連盟」「日本アニマルライツ連盟」の運営や「生命尊重の社会実現」のための活動費とさせていただきます。