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平泉[2023.5.2]

5月は非常にバタバタしていて、旅行からすでに一ヶ月以上経ってしまった。この日を思い出しながら書こうと思う。

朝、仙台のホテルを出て駅に向かった。おそらく、8時発のやまびこに乗ったと記憶している。この日の午前は平泉を訪れる予定で、一ノ関で新幹線を降りた。東北本線に乗り換え。5月とはいえ、肌寒い朝だった。JR東北の電車はドアが手動で開けられるようになっていて(寒い冬に冷気を車内に入れないためだと思われる)、閉めたくなる程度には冷えていた。

9時すぎに平泉に到着。

ポストがおしゃれですね。ここからは、歩いて移動。駅から15分程度歩くと、毛越寺に到着。

毛越寺は9世紀半ば、慈覚大師の円仁による開山。したがって、天台宗の寺院である。奥州藤原氏の2代基衡、3代秀衡の時代に多くの伽藍が造られた。その中心的なものとして、金堂の円隆寺跡が残っている。

今はなき南大門からは、途中の島を介して円隆寺まで橋が池の上に架かっていたという。池自体は非常に大きく、松の木に囲まれた小道に囲まれている。

最後に宝物館に寄ったのだが、なにせ一ヶ月前のことで、何を見たかほとんど覚えていない。記録はできるだけすぐに書きましょう…

すでにだいぶお腹が減ってきたが、ここは我慢して、次の目的地である中尊寺へ。30分ほどかけて大回りするコースがあったが、ここは最短距離で(最短ではなかったかもしれないが)行くことにした。

無量光院跡の前を通る。秀衡による造営で、京都の平等院鳳凰堂を模して造ったらしく、当時は阿弥陀堂が建っていたようだ。無量というぐらいだから、さぞかし輝いていたのだろう。残念ながら、今日では池しか残っていない。

だんだん日が照って良い天気になってきた。無量光院跡からもう少し歩いて、中尊寺に到着。

予想していたのと違って、相当奥まで伸びている。二月に訪れた円覚寺と似ていると思った。周囲を杉に囲まれた月見坂と呼ばれる参道をのぼり始める。とにかく「なんとか堂」というのが色々ある。

こちらは薬師堂。最近改築されたのだろうか。つやっとしている。

郵便ポストも発見。

もう腹ペコでたまらないのだが、坂を登り続けると本堂が見えてきた。

表門をくぐるとこんな感じ。

すでに行列ができている。お寺の人が線香を配ってくれる。私は本堂に飾られている仏像を見たかっただけなので、別に線香を供えるつもりはなかったのだが、どこか失礼な気がしたので2本、備えた。

本堂の中に入ると、「りん」と呼ばれる鈴を鳴らすことができる。チーンというやつである。鈴を鳴らすという経験をあまりしていないので、どれくらいの塩梅で叩けば良いのかよくわからない。結局、私の場合は力が足りなかったようで、弱々しい音をあげることになった。

目の前には本尊の釈迦如来が座している。台座と光背を含めると5mもあり、さすがに圧倒される。長崎の平和記念公園に鎮座する平和祈念像や、鎌倉の長谷寺にある十一面観音菩薩像のように、ずっと見ていたい気持ちになる。

とはいえ、後ろにも人が並んでいるので、後ろの人に譲った。如来様を拝んですっかり満たされた気持ち。そういえば、有名な金色堂は?というと、もう少し進んだところの讃衡堂という宝物館の中で見ることができる。全体が金箔に覆われ、随所に螺鈿細工を散りばめた金堂。13世紀の時点で金堂をすっぽりと覆う覆堂がつくられたというのだから、驚きである。当時の人も、この美しさを汚すわけにはいかないと思ったのだろうか。

もう幾つか見るところはあったのだが、午後の予定もあるし、参道を下ることにした。早く昼ごはんが食べたい。岩手は、わんこそばが有名らしい。わんこそばが食べられる店、ないかな?

ありました。

参道を出て右に曲がるといくつか食事のできる店が並んでいる。12皿のコースにしました。とろろとか、なめことか、皿ごとに薬味を変えられて楽しめました。

午後からは花巻に行きましたが、平泉だけで結構な量になってしまったので今回はここまで。

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