「夏の花・心願の国」

所々、既読感があったので、もしかしたら若い頃に読んだかも。

基本、短編集なのだが、前半は、伏して病床にある妻と過ごした無為の日々を、後半は、原子爆弾の被曝直後の地獄のような世界を、独特の観察眼によって、しつこい程に描き出している。

とにかく暗い。光が見えない。どよ〜んと落ち込む程だ。

被曝の前年に亡くなった妻への哀悼の想いを胸に、内面から湧いて来る絶望感と虚無感が読み取れたと思ったら、後半に、広島で、便所に入ってからの突然の被曝、家屋は倒壊し、這う這うの体で外に出れば、わかる通りに被爆者溢れる阿鼻叫喚の世界。

全てが無と帰し、著者のような繊細過ぎる心を持った人物はさぞかし…と想像したら、案の定、朝鮮戦争勃発の年に、中央線の吉祥寺-西荻間の線路に横たわって自死して逝ったのだ。

「原子爆弾の惨劇のなかに生き残った私は、その時から私も、私の文学も、何ものかに激しく弾き出された。この眼で視た生々しい光景こそは死んでも描きとめておきたかった。
確かに私は死の叫喚と混乱の中から、新しい人間への祈願に燃えた。
だが、戦後の狂瀾怒濤は轟々とこの身に打寄せ、今にも私を粉砕しようとする。まさに私にとって、この地上に生きて行くことは、各瞬間が底知れぬ戦慄に満ち満ちているようだ。
それから、日毎人間の心の中で行われる惨劇、人間の一人一人に課せられてるぎりぎりの苦悩、そういったものが、今は烈しく私の中で疼く。それらによく耐え、それらを描いてゆくことが私にできるだろうか」。

彼は、書いた後に死んでしまった…。

自ら命を削って、世界の、つまりは自分の終わりを見出した原民喜の文学は、とても危険なものだけど、贖えない魅力がある。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。