「訂正する力」

訂正する力とは、一貫性を持ちつつも、過去の解釈を変えて、現実に合わせて変化できる力のことである。

物事を前に進めるために、現在と過去の解釈を繋ぎ合わせ、自分はこれで行く、自分はこのルールをこう解釈する、と決断できる力のことでもあり、柔軟に批判を引き受ける力でもある。

今は、正義が固定的に考えられて、一度、正しくないと判断されると、徹底的に攻撃することが正義の名の下で行われる。攻撃する対象のたった一面でしかないのに。

価値観なんて歴史に左右されることが多いけど、現在の価値観だけを絶対視して、過去の誤ったとされる行為を一刀両断にしていく。正義を振りかざし、大騒ぎして、すぐに忘れるというのは、訂正の対極にある行為なのだ。

訂正する力とは、読み替える力でもあり、「彼はこういうことを言ってたけど、本当に言いたかったことはこういうことで、今の時代に置き換えるとこういうことなんじゃないか」と深読みできることが大切であろう。

結局は、許容性の問題だな。訂正にはやはり“メタ認知”が必要ということだね。

社会は、どんなにルールを定めても、破る者も含めて、変に解釈して変なことをする者が必ず出て来る。アウトサイダーである。人間のルールには必ず穴があるということだけど、また変に解釈することが真理であったりすることもあるから、ルールを存続させるなら、そういう変人が現れた際に、なんらかの形でそれに対処しながら次に進むしかない。だから訂正する力が必要となってくるのだ。

コンテンツの質よりも、表現者自身が興味深いか、面白いかに、皆、お金を払うかぁ。


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。