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「怪談乳房榎」(18歳以上向け)

 柳島に住む菱川重信は、年は三十七になる江戸で評判の絵師であった。元は秋本越中守に仕える二五〇石取りの武士で、名を間与島伊惣次と言ったが、絵を描くのが好きで、しかも得意であったため、恵まれた生活を捨てて絵師となったのであった。妻のおせきは年は二十四、生まれたばかりの息子の真与太郎がいたが、甲斐甲斐しく夫に付き従った。おせきは役者の瀬川路考が演じる美女に似ていたので、「柳島路考」と呼ばれるほどの絶世の美女であった。
 重信には一人の弟子がいた。本所は撞木橋近くに住む、年は二十九になる浪人で、名は磯貝浪江と言った。良く気が付き、絵の腕も良かったので評判も上々であった。だがしかしこの浪江という男、密かに重信の妻おせきに横恋慕しており、日々想いを募らせていた。
 宝暦二年(1752)五月、重信は高田砂利場の南蔵院の依頼で、本堂の天井に雄竜、雌竜を描くことになった。重信は爺やの正介を連れ、南蔵院に泊まり込んで作品の制作にあたった。
 浪江は重信の留守宅に日々通い、絵の修行に励みつつおせきと真与太郎の身の回りの世話をした。おせきは浪江に感謝したが、浪江はひそかによこしまな思いを抱いていた。
 ある日の夕刻、帰り支度をしていた浪江は突然、腹を押さえて苦しみ始めた。驚いたおせきは浪江の元に駆け寄り、その身体を支えた。そして客間に寝かしつけた後、癪の薬である熊の胆を飲ませると、浪江の様子も落ち着いた。
「おせき殿、かたじけない。ご迷惑をおかけしてはいけないので、少し落ち着いたら拙者はおいとましますので……」
「磯貝さま、今日はもう遅いので、遠慮なく家に泊まっていってください」
 おせきは浪江のことをすっかり信用しているので、そう勧めた。浪江はしきりに恐縮した素振りを見せたが、内心にやりと笑みを浮かべた。
 夜更け、奥の間で幼い真良太郎を寝かしつけているおせきの所に、浪江は音を立てずに忍び寄った。不意に浪江の姿を認めたおせきは、驚いて身構えた。
「磯貝さま、一体どうされたのですか」
 浪江は声を低くして答えた。
「おせき殿、驚かせて申し訳ない……だが拙者は、どうしても募る想いを抑えることができず……」
 浪江はおせきの肩に手をかけた。おせきは逃れようとさらに身を引いた。
「おせき殿、どうか今宵だけでも、拙者と不義の仲になってくだされ」
 おせきはこれまで見てきた浪江の姿とはまるで違うその様子におののきつつも、震える声で言った。
「……磯貝さま、どうかお考え直しください。私は夫と子供のある身。それが無理なのはよくご存知でしょう」
「……拙者も無理を承知。しかしこのままでは胸が苦しくて、生きる心地が致しません。せめて一度だけでも、拙者のものになってくだされ」
「……無理でございます」
 そう言うとおせきはおし黙った。浪江は腰の脇差を抜き、その刃をおせきに向けて言った。
「どうしても無理と言うなら、拙者はおせき殿を道連れに、ここで果てます」
 おせきは自分に向けられた刃におびえつつも、毅然とした態度を保って言った。
「……どうぞ私の命をお取りください。私は操を守って死にます」
 浪江はそのおせきの態度にひるんだが、今度は刃を真与太郎に向けて言った。
「どうしてもなびいてくれぬなら、もはやこれまで。ならば子供の命を取りましょう」
 おせきは顔色を変えて、寝ている真与太郎に取りすがってその身をかばった。
「どうか……この子の命だけは勘弁してください」
 その様子を見て浪江はひそかに、にやりと笑みを浮かべた。
「ならば拙者の願い、聞き届けてくださるか」
 おせきはしばらく真与太郎の上に覆いかぶさるように身を伏せていたが、やがて小さな声で答えた。
「……はい」

 浪江はおせきの襦袢の合わせに手をかけ、それを押し広げた。おせきの白い素肌と、膨らんだ乳房があらわになった。
 浪江はおせきの唇を強引に奪った。そして舌を彼女の口の中にねじ込み、彼女の舌と絡め合った。さらに浪江の手がおせきの乳房にかかり、それを揉んだ。おせきは鈍痛を感じて、うっ……と低くうめいた。
 浪江は顔を上げると、今度はおせきの乳房にむしゃぶりついた。浪江がその乳首に吸い付くので、乳房からは白い乳があふれた。
「それは……あなたのものじゃない!」
 おせきは心の中で叫んだ。悔しさから涙がこぼれた。浪江は口元に付いた乳をぬぐうと、にやりと笑った。
 浪江は今度はその手でおせきの下半身をまさぐった。指が秘部に触れたかと思うと、そのまま中に入ってきた。おせきは秘部の入口が押し広げられる痛みを覚えた。
「お願い……痛くしないで……」
 おせきの懇願をよそに、浪江は指で秘部の中をまさぐった。おせきはうめき声を上げた。
「嫌がるそぶりをしても、いい声で鳴くじゃねぇか」
 そのまま浪江は何度も指を入れたり出したりするので、おせきは途切れ途切れに声を上げた。
 浪江がようやく指を引き抜いたのもつかの間、浪江はその一物をおせきの顔に当てがった。おせきはそのむせぶような臭いに顔を背けたくなったが、浪江は手で頭を押さえつけると、強引に一物を口の中にねじ込んできた。
「……歯を立てるんじゃねぇぞ」
 浪江がすごんで言ったので、おせきは浪江の機嫌を損ねないように、唇と舌でその一物を慰め続けた。
「さあ、そろそろ本番といこうか」
 浪江は一物を引き抜くと、おせきの秘部に押し当て、そのまま一気に貫いた。おせきは悲鳴を上げた。
「……ちょっときついけど、たまらねぇな」
 おせきは内臓に異物を差し込まれた感覚に、吐き気を催したが、何とか耐えた。浪江が腰を動かすたびに、秘部が擦れる痛みが走ったが、そのうちにあらがおうとする気持ちが薄れ、ただ天井を見上げるだけとなった。おせきは、ただこの時間が早く過ぎ去ることだけを祈った。
「ああっ……もういきそうだ!」
 浪江は腰の動きを早めると、ついに絶頂に達して、精液をおせきの中に放出した。おせきは自分の身体の中に浪江の欲望の果てが注がれていくのを感じつつ、ただ呆然とした表情で天井を見つめていた。そして心の中では、この汚された身体を一刻も早く、水で洗い流すことだけを考えていた。

 一度きりの約束で浪江に身体をまかせたつもりのおせきであったが、浪江はその後も繰り返し柳島の家を訪れて、脅したりなだめたりしてはおせきに迫った。悪縁は容易に切れぬもので、それから二度、三度と、ずるずると二人の関係は続いた。
 浪江はこの不義の快楽にすっかりはまってしまったが、これが続けられるのも師匠の重信が留守の間だけのこと。ある日、浪江は土産を持って、南蔵院に籠りっきりで絵を描いている重信の陣中見舞いをした。実は絵の進行状況を見て重信が家に戻って来る日を予測するためであった。
 天井の一対の竜の出来栄えは素晴らしく、あとは雌竜の右腕を残すだけになっている。もうじきに作品は完成し、重信は柳島の家に帰って来るだろう。
 もはや一刻の猶予もならない。浪江は爺やの正介を馬場下の料理屋に連れ出し、酒を飲ませ、料理を食わせ、さらに五両を与えて叔父と甥の仲になろうと口説く。固めの杯を交わした後で、浪江は言った。
「正介、これで拙者とそなたは叔父甥の仲。もはや隠し事なく、腹の中を割って話そうではないか」
「もちろんでさあ、浪江様。もし何かあっしに出来ることがありやしたら、何でも言ってくだせえ」
「実はな……正介だけに打ち明けたいことがある。聞いてくれるか」
「もちろんでさあ」
「柳橋の新造の、おせき殿のことでな。実はな……拙者とおせき殿はな、出来てしまったのだ」
「……出来たって、何が出来たのですかい」
「そうではない。つまりな、密通をした……ということなのだ」
「みっつしたって……何をしたんですかい」
「そうではなくてな、つまり、男と女の仲になった……ということだ」
「旦那、冗談はよしなさってください。あのご新造さまに限って、そんなことは間違ってもございませんでしょう」
「……それがな、本当なのだ」
 正介はあらためて浪江の顔を見て、初めて驚いた顔をした。
「ほんとですかい、とても信じられねえや」
「それが本当なのだ。拙者が迫っても、初めはきっぱり断られたのだが、何度も迫ってな、それで一度限りならと……肌を許してくれたのだ」
「あのご新造さんに限って、とても信じられません」
 浪江はにやりと笑みを浮かべると、さらに続けた。
「口では嫌がっても、身体は正直なものだ。その後も二度、三度と肌を重ねるうちに、今ではおせき殿の方から拙者を求めてくれるまでになったのだからな」
「そんな風に惚気られては、あっしも困ります……でも旦那、悪いことは言わねえ。もうこれ以上はおよしになった方がよござんすよ。先生ももうじき帰っていらっしゃることですし」
「それは拙者も存じておる。拙者も最初は一度きりでキッパリあきらめるつもりだったのだが、そうもいかなくなったのだ。そこでな……」
 浪江は声をひそめて言った。
「先生には死んでいただく」
 正介は驚愕した。浪江は続けた。
「今宵、拙者は先生を斬る。正介、そなたには拙者の手伝いをして欲しいのだ」
 正介はこれまでの酔いもいっぺんに醒めて、みるみる顔色も青くなった。
「……先生を斬る、なんて、冗談じゃねえや……旦那、どうか思い直してください。あっし、このことは聞かなかったことにいたしやすんで」
「正介。拙者とそなたは叔父甥の仲だからこそ、こうして秘密を打ち明け、手伝いを頼んでいるのではないか」
「旦那、無理なもんは無理でございやす……」
「……そうか、どうしても無理と申すなら、たくらみを聞かれてしまった以上是非もない。今ここでそなたを斬る!」
 浪江は傍らに置いた刀に手をかけた。
「お、お、お、お待ちください!どうか命だけは取らないでください」
「では、手伝ってくれるな」
「……」
 浪江は懐から二十両もの大金を出して、無理やりに正介の手に握らせて言った。
「安心せい。何も助太刀をしろとは言っておらん。そなたはただ、先生を外に誘い出してくれれば良いのだ……」

 南蔵院に戻った正介は、浪江に吹き込まれていた通り、気分転換にと重信を落合の蛍見物に誘った。重信もそれは良いと筆を休め、正介と連れ立って寺を出た。落合は江戸でも評判の名所で、噂にたがわず蛍の乱舞する様は見事であり、重信は大満足だったが、正介はそれどこではなく、気もそぞろで、持って来た酒も肴も喉に通らず、変なことばかり口走っていた。
 その帰り道、普段はそれほど酒を飲まない重信であったが、この日ばかりはほろ酔い気分であった。田島橋のそばに来たところで、不意に藪の中から突き出された竹槍が、重信の右の太腿に深々と突き刺さった。
「……おのれ、狼藉者!正介、助太刀をいたせ」
 重信は叫んで太刀を抜いた。しかし正介はただ震えるばかりで、その場に立ち尽くしていた。そこに、ひそかに重信の背後に回り込んでいた浪江が抜身の白刃で襲いかかった。
 すかさず振り返り、浪江の刃を太刀で受ける重信。浪江が引いたところを、重信は踏み込んで太刀を横ざまに振り払ったが、右脚を負傷していたためにあと一歩、及ばなかった。
 そこを狙って浪江が突き出した刀の切先が重信の胸に深々と突き立てられた。重信は声を上げることもできず、無念の表情を浮かべて絶命した。

 重信殺しの手引きをさせられた正介は、転がるように南蔵院に逃げ帰った。本堂に入ると、なんとそこにいたのは絵を描いている重信その人である。最後の雌竜の右腕を描き終えると、落款を押し、そして振り返って正介の方を見ると、
「何をのぞく!」
と一喝した。
 正介の悲鳴を聞きつけて寺の者たちが駆けつけたが、重信の姿はあとかたもなかった。それでも竜の絵は完成しており、雌竜の右腕はまだ墨が濡れていた。そして落款の印は、朱が血のようにぬめぬめと照り輝いていた。

【注釈】
・ 本作は三遊亭圓朝による『怪談乳房榎』を下敷きとしているが、筋はほぼ原作通りである。

・ 本作が上演される場合、上記のシーンで終わることが多いが、原作はこの後、重信の忘れ形見である真与太郎の仇討の話となる。そのあらすじは以下の通りである。

 その後、重信殺しの下手人は見つからず仕舞いであったが、周囲の人々の勧めもあって、おきせは浪江と再婚することとなった。やがておせきは身ごもるが、そうなると浪江にとって邪魔になるのが真与太郎である。浪江は正介に、真与太郎を角筈村の十二社権現の滝へ投げ込むように命じた。弱みを握られた正介は、幼い真与太郎を抱えて十二社権現に赴き、滝に投げ込もうとした。その時、滝壺から重信の亡霊が現れて、正介に真与太郎を助けて仇討ちをせよと命じた。
 おせきは乳房に腫れ物ができて、子が生まれても乳が出ない。仕方なくお粥を作って子に与えるが、子はみるみる痩せ衰えて早逝してしまった。その後、乳房の腫れ物はますます大きくなっておせきの身体を蝕み、その痛みに耐えきれずにおせきは狂い死にした。
 正介は故郷の赤塚村に隠れ住み、松月院の門番となり、浪江から受け取った二五両の金を使って真与太郎を養育した。境内の榎の木には乳房の形をした瘤があり、その先から乳のように甘い樹液が出てくる。それを乳代わりに飲んで、真与太郎はすくすくと成長していった。
 真与太郎を育てた榎の樹液は、その後、女の乳房の腫れ物を癒す効能があるとして江戸中の評判となった。それを耳にした浪江は、真与太郎がまだ生きていることに勘付き、彼を殺そうと松月院にやってきた。しかしこの時すでに五歳に成長していた真与太郎は、正介の助太刀を得て、逆に浪江を斬って仇討を成就したのであった。

・ おせきが浪江に身体を許してしまうくだりについては、これまで様々な演者が解釈して表現してきた。最も一般的な解釈は、最初は嫌がるおせきであったが、身体を重ねるうちに浪江に情が移ったというものであろう。しかし原作者の三遊亭圓朝自身はそうしたおせきの心理描写は試みず、ただ浪江の口から「今ではおせき殿の方から拙者のことを可愛いと言ってくれるようになった」と語らせるに留めた、といわれている。

・ AVや成人向けコミックなどのアダルトコンテンツには女性への性的暴力を扱ったものが多い。その事自体、あくまで表現として存在することは許容すべきと筆者は考えているが、「最初は嫌がっているけど、そのうち快楽にあらがえずに……」という表現を筆者は嫌っている。そのため本作でも、おせきは浪江に犯されて、ただ「気持ち悪さ」を覚えているという描写にした。

・ 浪江に拒絶感を抱きつつも、その後ずるずると関係を続け、重信の死後は浪江と再婚することになるおせきの言動に、矛盾を感じる読者もいるかもしれない。しかしこれは、おせきの心の弱さだけではなく、当時の女性が置かれた立場というものを考慮しなければならない。

・ おせきはある意味で浪江の「被害者」であるにもかかわらず、最後は狂い死にすることについても納得出来ない読者もいるかもしれない。これについてはいくつかの解釈が可能であろう。
1.   おせきは重信の怨念で亡くなったという説。重信にとっておせきは自分を裏切った者であるため、その復讐の対象になったというものである。おせきの言動は第三者的に見ると酌量すべき所もあるが、重信にとっては許しがたいことであったのかもしれない。幽霊は裁判官ではないので、あくまで自身の感情によって祟ったり呪ったりするのである。
2.   おせきが亡くなったのは重信の怨念と無関係という説。医学的に見るとおせきの死因は悪性腫瘍であり、浪江と不義を犯すか犯さざるかに関わらず、いずれ命が尽きたというものである。しかしこのタイミングでおせきが亡くなったことにより、重信の怨念と関連付けられる形で「物語化」された、ということもあるだろう。
3.   おせきは自責の念に駆られて狂い死にしたという説。おせきは胸の腫れ物を、重信を裏切ったことによる怨念の仕業と信じ、その念から精神に異常をきたして死に至ったというものである。『怪談乳房榎』の原作の描写の中には、おせきは乳房の痛みに耐えきれず自ら刃物で胸を突いたというものがあるが、これなどは精神錯乱の末の自死と理解することができるだろう。
 しかしいずれにせよ、おせきの死は重信の怨念と関連付けられて語られざるを得ないものであったことは確かである。神仏の祟りや死者の怨念が、科学や医学と共に信じられていた江戸時代においては、おせきの死を「重信の怨霊によるもの」と理解するのが最も合理的な解釈だったのであろう。『怪談乳房榎』の作者の三遊亭圓朝は近世から近代にかけて生きた人物であり、このあたりのことは強く意識していたに違いない。だからこそ、怪談においても「怨霊の仕業」にあえて多様な解釈が出来る余地を残しておいたのだと考える。

・ 最後に正介という人物であるが、彼もまた弱い人間である。浪江との会話のやり取りを見ても分かる通り教養のある人物ではなく、むしろ一般の人々より頭が弱いのかもしれない。また浪江に脅されたとはいえ主人である重信殺しの片棒を担ぐのであるから、決して忠誠心の高い人間であった訳でもない。しかしそんな彼であっても、最後は真与太郎の仇討ちに助太刀し、本懐を遂げさせる立役者となる。原作者の三遊亭圓朝のキャラクター配置は絶妙であると言わざるを得ない。


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