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たそがれのディードリット[エピローグ act.1:旧友との約束]

「ジークはあたしがディードリットだってこと、前から気付いていたの?」
「まさか! 城で初めて聞かされてびっくりしたよ」
 あたしとジークはヴァリス王国の王都ロイドを出立し、ライデンに向かう旅を続けていた。
 ジークはあたしの正体を知っても、これまでと変わらない態度で接してくれた。ただ、二人きりのときはこれまでの「ユリ」ではなく「ディード」と呼んでくれることとなった。
 変わったところといえば、ジークがときおり昔の話を聞いてくるようになったことだ。特にパーンの話を聞きたがった。やはり彼にとっては、「自由騎士」パーンの存在は伝説的でありあこがれでもあるようだった。
 そもそもジークにあたしの「護衛」の任務が命じられたのは、きっとエトがおせっかいを焼いたからに違いない。ジークにしてみればせっかく母親と再会出来たばかりなのに、早々に旅立つことになってしまった訳だから、あたしは少し申し訳ない気持ちを持ちつつも、またジークと一緒に旅を続けることが出来ることに内心喜んでいる自分にも気が付いた。
 ロイドを出て数日後、あたしたちはルノアナ湖のほとりにたどり着いた。この湖に浮かぶ小島にはかつて「灰色の魔女」カーラの館があり、そこで六十年前、ギムが命を落としたのだった。
 ギムの亡骸は館とともに炎に焼かれたので、ここに彼のお墓があるわけではない。しかしあたしにとってはこの湖や森の風景そのものが、彼のお墓と言って良いものである。
 あたしは持って来たエールの瓶の栓を開け、中身を地面に注いだ。そしてしばらく黙祷した。ジークもそれにならってくれた。
「ギム、あなたは天国でもエールを楽しんでいるのかしら。あたしもあの頃に比べると、だいぶ飲めるようになったのよ。今、あなたと一緒に飲むことが出来たら、どんなに楽しいでしょうね」
 あたしは心の中で彼に語りかけた。

 やがてあたしたちはフレイム王国の王都ブレードに入った。ここは「傭兵王」カシュー王が一代で建国した国で、今ではロードス島でも最も強大な国のひとつとなっている。パーンとあたしは、この国でカシュー王に協力し、「風の部族」と「炎の部族」の内戦に参加したり、「魔竜」シューティングスターを退治したりしたので、思い出の地でもある。
 カシュー王は生前、「オレが死んでも墓なんかいらんし、像も作るなよ!」と何度も言っていたので、家臣たちはその遺言を守り、王の遺灰は砂漠にまかれ、また王の業績を記念するようなものは何ひとつ作られなかった。ただ、王の生前に「風の部族」と「炎の部族」の和解の二十周年記念に大理石による一対の乙女の像が作られたので、いつしか人々はその像を見て偉大な王をしのぶようになった。
 あたしたちも乙女の像の前に立った。二体の乙女の姿がそれぞれの部族を象徴しているのだが、「炎の部族」を表す乙女の姿は、かつての族長であり、はかなく命を落としたナルディアの面影を思い起こさせた。
 その晩、宿のレストランで夕食をとりながら、あたしは思い出話を語っていた。ジークがあたしに、フレイムでの経験を話してほしいと頼んだからである。
 フレイムは六十年前に比べると砂漠が緑化され、気候もおだやかになったが、料理は以前と同じようにスパイスを効かせたものが多い。あたしたちが頼んだのはクスクスを使った料理だった。羊肉とトマト、にんじん、玉ねぎ、ピーマンなどの野菜を煮込んだものに、小麦から作った粒状のクスクスを添えて、味付けにはハリッサというピリ辛のペーストを付けて頂いた。羊肉はちょっと臭いにクセがあるので人によって好き嫌いがあるが、こうして煮込んでスパイスを添えて食べるとなかなかのものだと思った。
 あたしは、「炎の部族」との戦いでパーンが捕虜となり、あたしが仲間のデニ、フォース、マーシュと一緒に、彼の救出に向かった話を語り始めた。
 ところが話しているうちに、何か熱いものが胸に込み上げてきた。そしていつしか、目から大粒の涙がボロボロと流れ出していて、自分でもそのことにしばらく気が付かなかったくらいなので、すっかり狼狽してしまった。
「……あれ、あたし、何か変。どうしたのかしら……」
 話していて別に悲しくなった訳ではない。むしろ話しているうちに、愛おしいパーンのイメージが思い起こされてきて、むしろなつかしい気持ちが高まってきたくらいであった。ところが胸の高まりはとどめることが出来ないくらいに高まり、ついには言葉を続けるのが難しくなってしまった。
「大丈夫……ディード?」
 心配したジークはあたしの隣に来てくれて、あたしの肩に手を置いてくれた。あたしは思わず、横に来てくれたジークの身体にそのままもたれかかった。あたしの顔が、ジークの胸元に当たった。
 ジークは突然のことに困惑した様子だったが、そのままあたしの肩に腕を回して抱きしめてくれた。
 あたしはこの時、後ろめたい感情を半分は抱きつつも、あとの半分はこのまま彼に甘えたい気持ちが湧き上がっていた。あたしはその気持ちを言葉に出して表したかったが、そうしてしまうと何かが壊れてしまいそうだった。
 彼は、あたしが落ち着くまで、そのままあたしの身体を抱きしめ続けてくれた。
 あたしはそのジークの優しさに感謝した。

 フレイムの王都ブレードを出て、魔竜シューティングスターを退治した火竜山を横目に見ながら街道を進み、数日後にあたしたちはライデンの街に入った。
 ライデンはロードス島最大の貿易港で、かつては、有力商人の代表の合議制によって自治を行う自由都市だった。その後はフレイムの保護下に入ったが、今でもアレクラスト大陸との定期便が就航するロードス島の玄関口である。
 街は入江を取り囲む斜面に沿って広がっている。スレインの家は、市街地から少し離れた岬の先端にある一軒家だ。それほど大きな家ではないが、小さな尖塔がひとつあり、城のミニチュアのようだ。
 あたしはすでに来訪の予定を伝書鳩で伝えてあるので、玄関に着くとドアをノックした。すぐにスレインがドアを開けて、あたしたち二人を迎え入れてくれた。
「ようこそ、ディード。遠いところすまなかったね。来てくれてうれしいよ。ここは初めてだよね」
「うん。いいところね」
「ディードリットさん、先日は失礼しました。遠いところお越しいただきありがとうございます」
「レイリアも元気そうね」
「そちらはジークさんですね」
 ジークはスレインに声をかけられたので、少し緊張した様子で答えた。
「スレイン・スターシーカー様、レイリア様……ご挨拶申し上げます。ヴァリスの従騎士、シグルドと申します。このたびは我が君より、ディードリット卿の護衛を仰せつかって参りました」
「ジーク、そんなに堅苦しくならなくても大丈夫よ」
「ジークさん、あなたがロイドで見事に仇討を成し遂げたというニュースは、もうすでにこのライデンにも届いていますよ。ようこそ我が家へ。ゆっくりしていってください」
 あたしたちは応接間に通され、ソファーに腰掛けた。レイリアは紅茶とジャムを用意してくれた。
 スレインは、黒地に格子文様を白く染め抜いた、絹地の丈の短いチュニックに、黒のパンツを履いている。以前の彼は飾り気のないローブを着ている印象だったので、ずいぶんとファッショナブルになったようだ。レイリアはゆったりして袖が広く、幅広の横方向のボーダーが入ったワンピースを着ている。相変わらず艶やかなロングの黒髪は、女性のあたしが見ても思わず見とれてしまう美しさだ。
「さて……ディード、君にきてもらったのは、実はカーラの件なんだ」
 スレインが本題を切り出した。あたしが半ば予想した通りだった。
 ここからはレイリアが言葉を次いだ。
「私が再びカーラのサークレットを着けてから、もう五十年ほどになります。その間、カーラは私の意識を乗っ取ることはなく、大人しくしていましたが、常に彼女の意識は私と共にいました」
 そしていったん口を閉ざし、短い沈黙の後、レイリアは続けた。
「最初、私は自分の寿命が尽きようとする時に、自分を依代にして偉大なマーファを降臨させ、カーラの魂を浄化するつもりでした。サークレットを壊してカーラの魂を絶ってしまうことはいつでも出来ましたが、私は彼女の魂をきちんと往生させてあげたかったのです。でも……」
「でも……?」
「この五十年間、文字通り私とカーラは一心同体でした。そして日々、二人で語り合いました。そうするうちに彼女は、かつての「灰色の魔女」の心ではなく、それ以前の、優しく敬虔なマーファの信徒としての心を取り戻していったのです」
「……」
「彼女は、降臨したマーファによって自分の魂が浄化されることに賛成しました。そして私と彼女は、共にマーファに祈り、来るべき降臨の日を請い願いました。ところが……」
「ところが……?」
「マーファはそれを拒絶しました。そしてマーファはカーラに、もう一度人間として生を受け、「自分がこの世界に成せることを成しなさい」と告げたのです」
「えっ、待って。そんなこと出来るの? ……まさか!」
「そう、「転生の魔法」ですよ」
 スレインがレイリアに代わって言った。
 転生の魔法。それはかつて古代王国に存在した秘儀である。そしてスレインとレイリアは、まさにこの魔法がかつて引き起こした災厄に巻き込まれた当事者でもあった。
 スレインとレイリアの愛娘ニース。彼女こそが、破壊の女神カーディスの大司祭である「亡者の女王」ナニールの生まれ変わりだったのだ。かつてロードス島全土を揺るがせた邪神戦争の、まさに渦中にあったのがニースだったのだ。
 しかしニースの魂とナニールの魂はまったく同一のものであったにもかかわらず、ニースは破壊神の大司祭になることなく、「聖女」と呼ばれる敬虔なマーファの信徒として、そして慈悲深いマーモ公国の王妃として、今も多くの人々に慕われている。
「私と妻は転生の魔法が本当に可能なのか、二人でよく話し合った。そして、私の古代語魔法(ハイ・エンシェント)と妻の神聖魔法(ホーリー・プレイ)、そしてカーラの古代王国の知識があれば、可能だということがわかったんだ。私としても、古代王国の知識と記憶を持つただ一人の人物を、みすみす失いたくないしね……」
「ちょっと待って! それ、危険すぎじゃない? カーラが転生して、また「灰色の魔女」が復活したらどうするのよ! ニースみたいに上手くいくとは限らないでしょ……」
「ディードリットさん、ご心配はもっともです。でも私は確信しています。これはマーファの思し召しで、マーファはこのロードスの世界にカーラの力が必要だとお考えなのだと思います」
 そう言うとレイリアは両手を組んで目を閉じ、祈りの文句を唱え始めた。
 するといきなりあたしの周囲の視界が一変した。今まで室内にいたはずなのに、今、周りに広がるのは荒野の風景だ。空は暗く、そして周囲には火が取り囲んでいる。いや、あたしだけではない。レイリアもスレインも、そしてジークもいる。ジークもあたしと同様、この光景に怯えて困惑している様子だが、レイリアとスレインは変わらず落ち着いたままの様子だ。
「これは……一体?」
 ジークが立ち上がって言った。あたしは思わずジークの腕に寄りすがった。
 すると遠くに、群衆が歩みを進めている光景が見えた。群衆には、男性も女性も、子供も老人も含まれている。それどころかエルフやドワーフとおぼしき影も見える。そして群衆を先導する一人の女性の姿が見えた。彼女は藍色の長い髪をたなびかせ、オペラレッドに輝く服を着て、力強い歩みで群衆を導いていた。さらにその上空には、五匹のエンシェント・ドラゴンが旋回している姿まで見えた。
 ここで突然、周囲の光景は消え失せ、あたしたちはスレインの家の応接間にいるのに気が付いた。
「……今のは、まさか、マーファの……?」
「ディードリットさん、その通りです。これはマーファの「予言」です」
 マーファの「予言」のことは、はるか以前にニースから一度、聞いたことがあった。マーファは自らが選んだ信徒を通して、「予言」と呼ばれるイメージを人々に示すことがあるという。これは幻覚の魔法とは異なり、また信徒自身の力でもなく、まさにマーファの力そのものの顕現であるのだという。
「マーファのこの「予言」は、私の祈りによって表されましたが、私にもその意味はわかりません。ただ、カーラの魂の転生と、この「予言」に示されたビジョンが関係するのは、確かでしょう」
 あたしたちはしばらく黙り込んだ。もしあの光景が、これから起こる未来を示すもので、あの藍色の髪の女性がカーラの転生した姿であるなら、彼女は群衆を災厄から救済しようとしているように見えた。
「分かったわ……あたしはレイリアを信じるわ」
「ありがとうございます、ディードリットさん」
「それで、あたしは何をしたらいいの?」
「それが、君にここまで来てもらった本題なんだけど……これから生まれてくるカーラの行く末を、君に見守ってもらいたいんだ。これは無限の寿命を持つ、ハイエルフの君にしか頼むことが出来ないことなんだ。残念ながら私も妻も、転生した彼女が成長するまで、生きて見届けることは出来そうにないのでね」
「ちょっとぉ……よりによって、そんな大変なことを丸投げするつもりなのね!」
「本当に無理なお願いで申し訳ありません」
 あたしはわざとふくれっ面で答えたが、元より断るつもりはない。カーラのことは、パーンがずっと使命感を抱いて追い続けてきたことだった。その仕事をあたしが引き継ぐのは、あたし自身の責任でもあると感じていた。
 結局、転生の魔法の儀式を行うのは明日の朝ということになり、この日は夕食をいただいてゆっくり休むということになった。
 あたしとジークには、それぞれこじんまりしつつも清潔で居心地の良い部屋を用意してもらっていた。そして夕食には、レイリアのお手製のボルシチが振舞われた。レイリアの料理の腕はそれこそ逸品で、とりわけ牛骨から取られたコクのあるスープと、ビーツの独特な風味にあたしたちは舌鼓を打った。

 次の日の朝、パンと紅茶で簡単な朝食を済ませた後、あたしたち四人はスレインの家の魔法のアトリエに集まった。広さは十メートル四方ほど、壁の本棚には無数の魔術書が溢れんばかりに並べられ、棚にはフラスコやシリンダーなどの実験器具が雑然と収納されていた。部屋の真ん中は片付けられ、中央には手品師が使うような小さなテーブルが置かれ、その床には直径三メートルほどの円形の魔法陣が描かれていた。
「レイリア、用意はいいですか?」
 スレインが声をかけると、彼女は静かにうなづいた。そして二人は魔法陣の中に入り、テーブルをはさんで向かい合った。
「ディードとジークさんは、すみませんがそこに腰掛けて様子を見ていていてください」
と言われたので、あたしたちは魔法陣の外側に置かれた椅子に腰掛けた。
 レイリアがサークレットに手をかけた。その瞬間、皆の顔に緊張が走ったが、彼女は静かにそれを取り外し、テーブルの上に置いた。
 それを合図にスレインとレイリアは呪文の詠唱を始めた。スレインの詠唱するのは上位古代語(ハイ・エンシェント)、レイリアの詠唱するのは神聖魔法(ホーリー・プレイ)で、その節回しも声の高さも異なっていたが、二つが重なるとひとつのハーモニーとなっていた。それぞれ、四小節ほどの定型的なモチーフを基本に、それを反復するというものであったが、両者のメロディが対位法のように絡み合って響いていた。そのうちそれぞれのモチーフは変奏されて展開していき、両者のメロディは時に競い合い、時に寄り添って、大きなうねりのようになった。
 そのうねりが引き起こす緊張が高まっていくにつれ、テーブルの上に置かれたサークレットがぼんやりとした光に包まれていき、ついにはその影が見えなくなった。
 やがてスレインとレイリアの詠唱のメロディは、それぞれ元のモチーフの姿に戻っていった。それに合わせて光も少しずつ弱まっていった。そして詠唱も最初の定型的なモチーフの繰り返しに戻ると、ついに光は消え、八回繰り返したところで終わった。テーブルの上には、もはや何も残っていなかった。

 スレインの説明によると、これでカーラの魂は解放され、じきにロードス島の住民から生まれてくる子供の誰かに転生するはずだという。つまりカーラの生まれ変わりが誕生するのはあと十か月ほどかかるということだが、どこの誰に生まれ変わるのかは分からないという。
 また生まれ変わった子供も、最初からカーラの意識を持っている訳ではなく、おそらく思春期頃までに少しずつ記憶を取り戻していくだろうという。
「つまり、あと十数年しないと、誰がカーラの生まれ変わりか分からないってことよね」
「そうなんだ……でもその子は、きっと幼い頃から少しずつカーラの記憶に目覚めていくはずなので、少し周りと雰囲気が違うとか変わっているとかそういうことで、あたりを付けることは出来ると思うんだ」
「気の長い話ね」
 あたしが今すぐ動き回ってどうこうなるような事ではないことは分かった。そういうことなら、ひとまず十年くらいはのんびりと待って、カーラの記憶が目覚め始める頃に、その子の探索を始めれば良いだろう。
 そういう訳で、あたしはひとまず「帰らずの森」のほとりにある自宅に帰ることとした。そしてその日はスレインの家にもう一泊し、翌朝に出立することとした。そして晩御飯には、レイリアが振舞ってくれた、鶏肉とミルクとニンニクを煮込んで最後にハーブを乗せたシュクメルリを、みんなで一緒にいただいた。

 翌朝、ライデンの港であたしはスレイン、レイリア、そしてジークから見送りを受けていた。この日の定期便でアランまで海路を行き、そこから自宅に戻ることにしたのである。
 あたしはスレイン、レイリアとハグを交わし、別れを惜しんだ。彼らは年齢に比べると若々しいが、そうは言っても彼らも八十ほどになり、人間の平均寿命は超えているはずだ。あるいはこれが今生の別れになるかもしれない。だからこそ二人はあたしにカーラのことを託したのである。
 あたしは彼ら旧友との約束を、必ず果たすことを心に誓った。
 続いてあたしはジークと短く別れの言葉を交わした。彼はこのまま陸路でロイドに戻り、国王に任務完了を報告しなければならない。そしてここで起こったことをエトに伝えるという、より大きな任務も背負っている。

 昨日の晩、食事をしながらあたしはジークにこれからどうするのかを聞いた。
「うん、ロイドに帰ったら、まずは聖騎士に昇進出来るよう頑張るよ。父の悲願だったからね。でも……」
「でも……?」
「ディードからパーン様の話を聞いたり、ここでスレイン様やレイリア様とお会いして、これまで自分が見てきた世界は狭いな……って感じるようになって……」
 ジークは、スレインやレイリアに対してはある種の畏敬の念を持って接しているように感じた。憧れの存在であるパーンの仲間である彼らは、ある意味で伝説の人物ということになるのだろう。その点、あたしに対しては出会った時から変わらない感じで接しているので、あたしってそんなに貫禄がないのかしらと思いつつも、変わらず気楽に接してくれることにうれしく思う気持ちもある。
「オレはこれまで仇討を果たすことばかり考えて生きてきて、そして今は父の思いを受け継ごうと思う一方で、ヴァリスの中だけで生きていくのは本当にいいのかな……って」
 あたしは、ジークがいつかパーンと同じようにヴァリスの騎士を辞めるのではないかという予感を感じた。

 ジークと握手を交わし、そしてハグを交わした。彼の方が頭ひとつ分、背が高いので、あたしの顔は彼の胸に包まれた。その時、彼の唇があたしの髪にそっと触れたような気がした。
「じゃあ、またね。ジーク」
 きっといつか、近いうちに再び彼に会える日が来るだろう。それがどのような形になるかは分からないが、その時のことを思うと胸が熱くなってきた。

 
 

 



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