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夢を語らなかったはずの君へ


2020年、秋。

パソコンで作業をする合間にツイッターを眺めていると、note公式のこのツイートが目に留まった。

挑戦している君へ……か。

このフレーズに何かが引っかかり、僕はパソコンを叩くのをやめ、なんとなく席を立ってカップにぬるいコーヒーを足す。

今日の天気みたいにどんよりしたモヤモヤを抱えて席に戻ると、ある友人の声が鮮明に頭に響いた。

「……俺さ、アウトドア好きだから、これが仕事になったらなぁって」

僕はハッとして、夏の蒸し暑い夜の通話を思い出す。


◆◆◆


ゆでた落花生をつまみに頂き物の焼酎を水割りで飲んでいると、旧友からラインが届いた。


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高校3年次に同じクラスだった彼をKと呼ぼう。仲はほどほどに良かった。

一緒にボウリングをしたこともあったし、ラーメンを食べたりもした。言い換えれば、その程度の仲だった気もする。

Kに最後に会ったのはいつだろう。そんなことを考えているうちに、電話が鳴った。

「おいす~~っ」

昨日も会ったんじゃないか?と思うような親しみに満ちた声。人たらしで屈託のない振る舞いが、誰とでも心の距離を縮めさせるやつだった。


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クラスTシャツを着てはしゃぐK(高校時代)


「どうした、久しぶりじゃん」

「ちょっと、転職を考えたりしてさ。それで、仕事代えて離島に移住してるお前を思い出してさ」

その語調からは、かつての幼さや無鉄砲さが消えかかっていて、Kが社会人になったことを受話口越しに感じる。

Kは、転職するか迷っているようだった。

「……てわけで、俺さ、アウトドア好きだから、将来これが仕事なったらなぁって」

Kは、自分の夢を僕に語った。


僕はなぜか、急にその事実を受け入れられなくて、つばをゆっくり飲み込む。

「え……?おう、いいんじゃないか」

なんだろう、この気持ちは。

その違和感の正体を探ろうと目を閉じると、高校時代の景色が瞼に浮かぶ。もう、8年も前のことだ。


◆◆◆


高校時代に遡ると、歪んだ人格だったなと自分の性格に呆れることがある。

人と比べやすい年ごろかもしれないが、僕は重症だった気がする。やたらと妬み嫉みのエネルギーが大きい子だった。

Kとは多分、3年生で同じクラスになったけど、当然それより前から知っていた。なぜなら彼は、人気者だったからだ。

サッカー部のキャプテンで、いじられやすい愛されキャラ。先生にもすぐ目を付けられるけど、本気でKを嫌いな先生なんて居なかった。どの先生も、手の掛かる我が子を慈しむような振る舞いだったからだ。妬みの達人であった僕は、そういった他者が他者へ向ける目線がどのような性質を持っているかを、敏感に感じ取っていた気がする。

そんなKは良い奴だから、僕とも仲良くなった。こんな妬みマンと仲良くなるなんて、そりゃ良い奴だ。対等に接してくれたが、その度に僕は、自分にない”愛されるオーラ”を持つ彼に、ずっしりとした差を感じていた気がする。

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多分、高3の頃にKとサイゼリヤに行ったときの写真

Kは自由奔放で、プレッシャーなんか感じたことないみたいだった。

勉強ができた方では無かったはずなのに、気付いたら進路も関東の私立大学に推薦で決まってた。彼を知っている人間なら誰でも、彼を『面接にめっぽう強いタイプ』と答えるだろう。

実に勝手だが、そんな彼を僕は、「人に悩みを相談しなくてもやっていけるメンタルの持ち主」みたいな人間だと分類していた。彼に相談されたことなど一度も無かったし、完全にそう決めつけていた。電話をしたその瞬間まで、それを忘れていたんだ。


◆◆◆


一瞬のような長かったような高校時代の回想を終え、瞼を開ける。

彼に夢を語られた時の違和感の正体は、これだ。彼は、「人に相談なんかしない人間」だったはずだ。

月日が流れ、彼は大人になり、かつての破天荒さを失い始めていたんだ。


「ほんと、うらやましいよオマエ。」

Kは、電話越しにそんなことを言う。


……そうじゃない。うらやましいのは、僕の方なんだ。僕はずっと、みんなの中心で輝いていて、バカで失敗しても白い歯を見せているお前を、ずっと羨ましいと思っていたんだ。

だからそんなこと言わないでくれ。お前は他人と比べたりもしないし、劣等感なんか無縁だったはずだ。

英語もクメール語も、何も喋れないままカンボジアに行って、一切コトバの通じない子ども達とサッカーして爆笑して人気者になる、そんなお前だったじゃないか。

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また好き勝手に挑戦して、思いっきりぶっ飛んだ姿を見せてくれよ!


◆◆◆


ぱっと意識が戻る。パソコンの前に座ったままの僕は、しばらく固まっていたみたいだ。

ぬるくなった泥水のようなコーヒーを流し込み、嫌な苦さで正気を取り戻す。


みんな人生は不安だ。高校生の頃に描いていた自分と全く違う道を辿っていたり、その道がどこに続いているかなんて、わからないんだ。

Kは夢なんか語らないで、ぜんぶ突っ走って挑戦して、あとから「誰かたすけてー!」なんて言いながら、それでも愛される男だった。それが今は、少しでも現実的な道を考えたり、旧友に相談したりする。難しいんだ。頼りたくなるんだ。こわいんだ。それが人生なんだ。


だからそんな不安、恐れ、悩み、迷いぜんぶ詰め込んで、挑戦する彼に思い切ってこのメッセージを送ろうと思う。


「昔みたいに何も考えないでやってみればいいじゃん!」


嫉妬したくなるくらい無鉄砲なKを、もういちど見たいからね。




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