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鳴神隼のただ一人の為の推理 三話

三.第二章①:占い館殺人事件

「ねぇねぇ、緑川くん」
「何、時宮ちゃん」
「占いって興味ある?」

 大学のカフェスペースで隼に腰を抱かれながら座っていた琉唯は、目の前でサンドイッチを食べている千鶴へと目を向けた。彼女は「先輩に集団占いに誘われてさぁ」と話す。

「私の知り合いの先輩にさ、占い師をやってる友人を持っている人がいるんだよね。占いって私、興味あるからさ。ちょっと聞いてみたら、集団占いやるから来る? って誘われたの」

 千鶴の話に琉唯が「集団占いって?」と問えば、「複数人を合同で占うの」と教えてくれた。

 占い師によっては人気で対面占いができないこともあるらしい。占いたい人たちが集まって一緒にやってもらうということができるのだという。できるかは占い師の対応次第ではあるのだが、千鶴の先輩の友人はしているようだ。

「ひろくん誘ったらサークルの助っ人頼まれたとかで断られちゃって。私一人はちょっとなぁって」
「他の女子誘えばいいじゃん」
「誘ったけど、あの先輩苦手って言われて……」

 そろりと千鶴は目を逸らす。なんと分かりやすいことだろうかと琉唯は出かけた言葉を飲み込んだ。

 先輩は集団占いへの誘いを「興味あるなら参加しよう!」と強引に進めてしまったらしい。少しばかり話を聞かないというか、自分の思うままに行動してしまうタイプの人間なのだと。

 千鶴は「迷惑になるだろうからって断ったんだけどね」と遠い目を向けていた。話を聞かない先輩となると苦手意識を持っている後輩は少なからずいるはずだ。千鶴の女子友達はそうだったようで断られてしまったのだという。

「緑川くん、お願い!」
「琉唯を頼るのはどうかと俺は思うが?」
「鳴神くん、そこをなんとか!」
「待って、おれに頼むところだろ」

 隼に許可を取る必要はないだろうと突っ込むも、「いや、前方彼氏面には許可必要かなって」と返されてしまう。一瞬、納得しかけてしまい、琉唯は負けた気分になった。

 占いには興味はないのだが、彼女には世話になっている部分がある。隼の行動に理解があり、愚痴を聞いてくれるし、前回のサークル勧誘の時も付き添ってくれた。

 付き添いぐらいならば別にやってもいいなというのが琉唯の考えだ。なので、「別にいいけど」とその頼みを受ける。

「緑川くん、ありがとう!」
「……琉唯」
「いや、サークル勧誘の時に時宮ちゃんには付き添ってもらったしさ。お返しってわけじゃないけどしてもいいかなって」

 断れなくて仕方なく請け負ったわけではないのだと琉唯が話せば、隼は不満そうではあったものの納得はしたようだ。琉唯がそういうならばといったふうな態度に千鶴が「流石、前方彼氏面」と呟くのが聞こえる。

「俺も着いていこう」
「言うと思った」
「ですよねー」

 琉唯たちの反応に隼が「行かないという選択はないが?」と不思議そうにしている。当然だろういったふうに見てくるものだから、二人は顔を見合わせて苦く笑うしかなかった。

   ***

 占いの館『グリムファンタジア』は都心部の街中にあった。駅から徒歩十分と近く、裏側に位置するのだが洋館風にアレンジされたレンガ調の屋敷は目立っている。専属の占い師は個別の部屋をあてがわれており、そこで占いを行うようになっていた。

 占い師によっては予約制だったりするのだが、そうではない場合もあるようで順番を待っている客がちらほらといる。そんな屋敷のエントランスホールに琉唯はいた。

 琉唯たちを出迎えてくれたのは今川小百合いまがわさゆりという大学三年生の女子なのだが、まぁなんとも馴れ馴れしい。初対面だというのに態度はでかく、砕けた口調で話しかけてくる。自分たちは後輩なので口調に関しては気にしないのだが、驚くほどに一方的に喋るのだ。

 琉唯と隼を見るや否や、「噂は聞いてる」とやれ、付き合ってるのか、どうして恋人じゃないのだとあれこれと聞いてきて、その勢いに若干だが気圧された。隼に至っては露骨に不機嫌そうにしているので、彼の苦手な人種だったようだ。千鶴が「ごめん」と小声で謝っているが、彼女は悪くない。

 明るく染めた茶髪をカールさせて、少しばかり派手な化粧をしている小百合は自分に自信があるようで、「私に恋人ができないのは運気が悪いせいだ!」と言っていた。多分、他の要因もあると思うと琉唯は思ったけれど、機嫌を損ねて何を言われるか分からないので口には出さない。

 小百合は琉唯に「確かに可愛い顔してるよねぇ」と食いついている。それがまた隼の気に入らないところなのか、ずっと琉唯の腰に手を回している。落ち着けと言うように彼の手をぽんぽんと叩くが、不機嫌なオーラは消えない。

「ほんっと可愛い顔してるわね。恋人いないの?」
「いないですね」
「うわー、勿体無い! 立候補しようかしら」
「えっと……」
「そんな遠慮しないでよー。てか、あいつらおっそいわねぇ」
「えっと、占ってもらうほかの人ですよね?」
「そうそう。千鶴は知らないかも、私と同じ三年だし」

 小百合はなんとも不満げに言う、遅いと。約束の時間を過ぎるとか、どういった神経をしているのだというように。といっても、まだ五分ぐらいしか過ぎていないのだが、彼女は待つというのが苦手なようだ。

 最低でも五分前行動は当たり前という考えらしい。常識がないのかしらと少しばかり怒っていた。そこまでかと琉唯は思ったけれど、倍になって返ってきそうなので黙っておく。

「ごめんなさい、小百合さん。遅れました」
「遅いわよ、二人とも!」

 入口からエントランスホールへ慌てて駆けてきたのは二人の男女だった。黒髪を長く伸ばした大人しげな女子と、短い栗毛が柔らかそうな幸薄げな男子は小百合に謝る。

 彼らは小百合の同級生で、小林伊奈帆こばやしいなほ渡辺輝幸わたなべてるゆきと名乗ると「待たせてしまってごめんなさい」と頭を下げる。そこまで待ってはいなかったので、琉唯たちは「気にせず」と言葉を返すのだが、二人は気にしている様子だ。

「五分前行動ぐらいしなさいよ、まったく。そんなんだから恋人に振られるのよ、伊奈帆は」
「それは……その……」
「それは関係ないだろ、今川」
「何、伊奈帆を庇うの? あんた、この前、好きだった奴が死んだばかりじゃん」

 もう心変わりしてんのと小百合がじろりと見つめれば、「関係ないだろ」と輝幸に言い返される。それがまた彼女の癇に障ったのか、「これだから男は嫌ね」と喋り始めた。

 どうやら、彼等には共通の友人である西田紗江にしださえという女子大生がいたのだが、彼女はこの前、自殺して亡くなってしまったらしい。その西田紗江に輝幸は片想いをしていたのだと、小百合が「こうもすぐに心変わりするなんてね」と鼻で笑う。

「伊奈帆も伊奈帆よ。すぐに心変わりするような男を相手にしたら駄目よ」
「いや、その……私は別にそういった感情は、抱いてないし……」
「なら、気を付けなさい。ほんっと、鈍いんだから」

 鈍いと周囲が見えなくなるわよと小百合に注意されて、伊奈帆はそうだねと困ったように頷く。酷い言われような輝幸は少しばかり眉を寄せていたが、反論することはなかった。

 三人の関係は傍から見ていると仲が良いふうには感じられない。伊奈帆は諦めたように彼女の言葉に頷いているだけだし、輝幸は何も言わないけれど一歩引いている。歪に見えるその関係性に琉唯は大丈夫なのだろうかと少しばかり不安になった。

「まぁ、いいわ。真理恵も待ってるし、早く行きましょ」

 喋り倒した小百合は「ほら、あんたらも行くわよ」と千鶴に声をかけるとすたすたと歩いていってしまう。なんと、自由な人だろうかと琉唯は思いつつも、彼女の後を着いていった。

 二階の南角の部屋に小百合はノックもせずに入っていく。「真理恵ー」なんて親しげに声をかけながら。

 室内はレトロ調の少し古めかしい書物机と丸いテーブルに椅子が四つというシンプルな室内はあまり飾りっ毛がない。そんな部屋の丸いテーブルの前に女性が一人、立っていた。

「あぁ、来てくれたのね」

 にこりと微笑んだ彼女が占い師である真理恵のようだ。ゆるゆるとウエーブかかった黒髪に赤のメッシュが散りばめられている。ゴシックテイストな黒のワンピースドレスに身を包む彼女は「こんにちは」と琉唯たちに挨拶をした。

「小百合さんが言っていた後輩の子たちね」
「そうそう、千鶴とその友人。占いに興味があるらしいのよ」
「占いに興味を持ってくれるのは嬉しいわね」

 朗らかな印象の真理恵は「占いって小難しく考えなくていいからね」と話す。占いは選択肢を与えてくれるだけで、どの道を選ぶかは本人次第なのだと。出た運勢の全てを信じてしまうのもいいし、良し悪しを見て気になった箇所だけ取り入れるでもいい。ただの気休めだと一蹴するでもいいのだから。

 これが絶対ということはないと真理恵は言って、丸いテーブルの隣に置かれた台の上からティーカップを手に取った。

「まずはお茶を飲んでリラックスしましょう。占いを希望する人は椅子に座って」

 真理恵に促されるように小百合と伊奈帆、輝幸が椅子に座る。あと一席、空いているのを見て琉唯が「時宮ちゃん、どうぞ」と椅子を引いてやった。千鶴は「ありがとう」と椅子に座ったのを見て、真理恵がお茶の準備を始めた。

 台にティーカップを並べながら「紅茶は大丈夫かしら?」と真理恵は千鶴に聞く。千鶴はよくカフェオレを飲んでいるが、紅茶も好きだったようで「大丈夫です」と少し緊張した様子で答えていた。そんな様子に真理恵は「この茶葉はお気に入りなの」と口に合えば嬉しいわとティーポットを手に笑む。

 ティーカップに紅茶を注いでから真理恵は少し大きめの瓶を手にした。透明な瓶の中は色鮮やかで、なんだろうかと琉唯が見遣れば、「これ、砂糖なの」と教えてくれた。

 星やひし形、兎や猫の形をした色のついた砂糖が瓶一杯に入っていた。その可愛らしさに千鶴が「かわいいですね!」と少しテンションを上げる。

「そうでしょう。妹も好きだったの、可愛いって」
「まだ、紗江のこと気にしてるの? いい加減に気持ちの整理つけなさいよ」
「そうだけれど……。思い出に浸るぐらいはいいでしょう?」

 小百合にそう返して真理恵は「小百合さんは砂糖二個だったわね」とハートの形をした砂糖をティーカップに入れた。それから自分が飲むだろうティーカップにひし形などの砂糖を入れてから、他に砂糖が必要な人はいるかと真理奈が聞けば、千鶴と伊奈帆が手を上げた。

「二人ともね……そうだわ。時宮さん、好きな形の砂糖を選んでいいわよ」
「え、いいんですか!」
「伊奈帆さんも時宮さんの後に選んで」
「ありがとうございます、小百合さん」

 はいどうぞと真理恵が瓶を渡すと千鶴はどれにしようと目をキラキラさせている。こういう可愛いの女子って好きだよなと思いながら、琉唯は真理奈からティーカップを受け取った。

「琉唯は砂糖を入れないのか」
「紅茶はストレート派なんだよ、おれ」

 だから、砂糖もミルクもいらないと琉唯はティーカップに口をつける。鼻を抜ける紅茶の香りとフルーティーな味が口の中に広がった。これは美味しいと琉唯は頷く。

「あ、そうだ。お茶菓子を私、もってきたの」
「それ早く言いなさいよ、ほんっと動きが鈍いわね」
「ごめんなさい……。えっと、今川さんが好きなクッキーを持ってきたの」

 ほらと包装されたクッキーを見せる。それは最近、人気のあるショップのチョコチップクッキーだった。手作りが売りの店なので包装も手製のように見える。「じゃあ、お皿に出しましょう」と、真理恵がそれを受け取って台の引き出しから皿を取り出した。

「僕も手伝うよ」
「渡辺くん、ありがとう。このティーカップは小百合さんに」

 私はクッキーをと話す二人から砂糖を選んでいた千鶴に目を向ける。彼女は「可愛い、どれにしよう」と悩んでいた。琉唯も少し気になったので「どんなのがあるの」とシュガーポットを覗く。

「うさぎとか星とか、猫、ひし形とかの図形もあるよ」
「あ、うさぎ可愛い」
「可愛いよね!」

 少し大きめではあるけれどうさぎの砂糖は可愛らしかった。これは女子受けしそうだなと琉唯でも思うほどに。暫し、悩んでから千鶴はうさぎの形を選び、シュガーポットを伊奈帆に渡した。伊奈帆もさまざまな形の砂糖に目移りしていたが、猫の形を選んで見て楽しんでから紅茶にいれる。

 そうやって話していると、テーブルにクッキーの乗った皿が乗せられた。待ってましたといったふうに小百合が我先にと手に取って食べ始める。「これ、美味しいのよね」とにこにこしながら紅茶を飲む。その様子に遠慮はないのかと琉唯が少し呆れた時だった。

「うっ」

 小百合が呻きもがきながら口を押えたかとおもうと、げぽっと吐き出す。口元から血が零れ、目を見開きながらもがき崩れて――床に転がった。

 何が起こったのか、判断できずに固まる。苦しみながらティーカップを床に落とし、椅子から転げ落ちるように床に倒れた彼女から目が離せない。

「い、今川さんっ!」
「小百合さん!」

 倒れる小百合に駆け寄った伊奈帆と真理恵が身体に触れようとして隼が制する。迂闊に動かしてはいけないと隼に冷静に指摘されて、二人は手を引っ込めた。隼は倒れる小百合をなるべく動かさないように生死を確認する。

 見開かれた眼は虚空を見上げ、口から垂れる血が床を汚す。呼吸をしている様子もなく動かず、死んだのではないかと誰もが思った。脈拍を計った隼が首を左右に振ったことでそれは確信に変わる。

「警察に連絡を、急いで」
「あ、わ、わかった」
「私は館長に伝えに行くわ」

 隼の指示に伊奈帆がスマートフォンを取り出し、真理恵はこの占いの館の管理人である館長へと伝えにいくべく部屋を出て行った。残された人たちはただ、小百合を眺める、死んだということが信じられないように。

 千鶴は声がないようで小百合から目が離せず、輝幸は呆然としていた。隼は小百合の傍から離れて周囲を見渡している。それを見て琉唯も周りに目を向けてみた。

 テーブルには三つのティーカップとクッキーの乗せられた皿に、様々な形の砂糖が入ったシュガーポット、ミルクピッチャーが置かれている。小百合が口をつけたティーカップは彼女がもがき崩れた時に床に転がり、紅茶は零れて絨毯に染みをつくっていた。

 傍にある台には真理恵が飲むはずだった紅茶の入ったティーカップと、ティーポット、二つめのミルクピッチャーがある。クッキーの包装は綺麗に畳まれてあった。

(なんで、ミルクピッチャーが二つあるんだろ)

 人数が多いと聞いて二つ用意したのだろうか。琉唯は疑問に思いつつ、小百合へと視線を移す。小百合は恐らく毒殺されたのではないだろうか、吐き出された血が生々しく映る。

 死体というのを見るのは二度目であるが、そう簡単には慣れるものではなかった。ただ、外傷で死亡した遺体でないのがまだ救いか、恐怖心はそれほど煽られていない。

 小百合の周辺には彼女が落としたティーカップが落ちているぐらいで特におかしなものはなかった。

「今川小百合に持病はあっただろうか?」

 静まる空気を裂くように隼が輝幸に問う。彼はえっと顔を上げて目を瞬かせてから、「いや、聞いたことない」と答えた。

「今川は自分で健康には自信があるって笑ってたし……発作とか持病を持ってるなんて聞いたことない」

 彼女の性格ならば隠さずに話してくれると言う輝幸に、それはそうかもしれないと琉唯は思った。自分のことをだけでなく他人の事もべらべらと喋っていた彼女なら言いかねないなと。

「警察、すぐに来るって」

 電話を終えた伊奈帆の手は震えている。彼女がスマートフォンを仕舞うのと同じく、館長を連れて真理恵がやってきた。少しばかり白髪の混じった老けた男性は倒れる小百合を見て声を詰まらせる。

 隼が警察がもうすぐ来ることを伝えれば、館長は「すぐに他の方にも伝えよう」と部屋を出て行った。真理恵はその背を見送ってから小百合に近づいて「小百合さん」と囁いた、それは冷たくて。

 目を伏せる真理恵に隼は輝幸に聞いた時と同じ質問をした。それに彼女は「聞いたことないわ」と返す。

「ならば、病気の可能性は低い」
「それって、殺されたってこと?」
「毒を盛られていたのならば、そうなる」

 毒物による殺害ならば、本人が自ら飲んでいない場合は誰かに盛られたことになり、殺人ということになる。隼は「今川小百合はおかしな行動をとっていたか」と千鶴に問う、君は目の前に座っていただろうと。

 千鶴はえっとと思い出すように間を置いてから「私が見てたかぎりではなかったと思う」と答えた。ただ、砂糖を選んでいる時に目を離してしまっているから確証はないと証言する。

 それに伊奈帆が「私もずっと見てなかったら」と申し訳なさげにしながらも、見ているかぎりではなかったと頷いた。二人の証言が正しいのであれば、小百合が自ら毒を服用した形跡はない。そもそも、彼女は自殺をする様子など微塵も感じられなかったというのが全員の印象ではないだろうかと、隼に指摘されて皆が頷いた。

 ならば、これは殺人なのか。琉唯はこの中に犯人がいるかもしれないと考えて真理恵たちを見た。死体で恐怖心は煽られなくとも、近くに犯人がいるというのは不安になるものだ。琉唯はおもわず表情に出してしまう。

「琉唯、大丈夫か?」
「……大丈夫、ではあるけど……」

 その表情に気づいた隼が心配げに声をかけてきた。大丈夫か、そうでないかならば、大丈夫ではあるけれど不安にはなる。けれど、そう思っているのは他の人も同じだろう。だから、琉唯は大丈夫ではあると返した。

 すっと隼の目が細まってまた周囲を見渡す。彼は何か探しているような目つきだったので、琉唯が「どうした?」と聞いてみると、「気になる箇所はあるか」と問い返された。

 気になる箇所とはと首を傾げつつも、強いて言うならばと二つあるミルクピッチャーのことを伝える。彼はふむと顎に手をやってから台に置かれたピッチャーを指さした。

「そこに置かれたミルクピッチャーを使った人はいるだろうか?」
「え? 僕が使ったけど……」

 輝幸は「今川の紅茶を渡す前に使った」と話す。彼女は紅茶には砂糖とミルクを入れるので、自分が渡すついでに入れてあげたのだという。さらにテーブルに置かれたミルクピッチャーを使った人を確認したが、誰も触っていなかった。

「今日は人数が多いからミルクピッチャーを二つ用意したのだけれど……」
「そうだよなぁ。人数が多いなら二つあってもおかしくないよな」

 ミルクピッチャーはそれほど大きくはないので使う人が多くいれば、一つでは足りないだろう。真理恵は市販のミルクポーションを用意しようかとも考えたけれど、二つ用意することにしたのだと教えてくれた。

 それはそうかと納得した琉唯だったが、隼は何か考えている様子だった。引っかかる点があったのかもしれない。なんだろうと琉唯も考えてみるけれど、他におかしいところなんてあったか。

「一つ聞くが、この手作りが売りの人気店で売っているクッキーを今川小百合が好きだったのは、三人とも知っていただろうか?」

「え? はい。その、これを持っていくと機嫌よくしてくれるので、私がよく買ってきてます」

「そうだね。僕も知ってるし、小林が持ってくるのは定番になってたかな」
「私もそうね。伊奈帆さんが持ってくるからいつもお皿は用意しているの」

 このクッキーを買ってくるのは伊奈帆で、それを皆で食べるのが定番の流れらしい。殆どは小百合が食べてしまうのだが、彼女の機嫌が良くなるのでそうしていたと。それを聞いてから隼は「彼女の好みを皆、知っていたということだろうか」とさらに問う。

「砂糖を二個とミルクを入れることも」
「えぇ。彼女、なんでも人にやってもらってたから……」

 何度もやれば覚えるわと真理恵が答えれば、伊奈帆と輝幸も「見てたから」と頷く。三人とも小百合の好みを分かっているようだ。なるほどと隼は呟いてゆっくりと台とテーブルに置かれた物たちを見遣る。

「ハートや星型などの砂糖を入れたのは時宮と小林先輩、今川先輩と真理恵さんか」
「自分で瓶から出したのは真理恵さんと時宮ちゃんと小林先輩だね」
「今川先輩を除く三人が同じ瓶から出しているのか」
「うん。でも、砂糖の形は違ってたよ」

 小百合はハート型で、千鶴は兎の形、伊奈帆は猫の形を選んでいた。様々な形の砂糖が瓶には入っていたので、物珍しさに眺めていたから琉唯はよく覚えている。

「おれも中身を見たけど……あれ?」
「どうした」
「ハートって無かったような……」

 瓶の中にハート形をした砂糖はなかった気がする。琉唯はいろんな形のが入っていたので、入ってる個数が少なかったのかなと首を傾げた。

「あぁ、そういうことか」
「え?」
「琉唯、君はやはりよく見ている」

 あとは警察の捜査次第だと言う隼の眼は獲物を捕らえたかのように鋭かった。

 

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