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鳴神隼のただ一人の為の推理 二話

二.第一章②:君の為ならば推理などやってのけよう

 はぁと琉唯は溜息を零した。それも隣を歩く隼のせいである。彼はサークル勧誘をしてきた部長に苛立っているようなのだ。琉唯に何を言って誘惑しようとしたのかと。隼に好意があるという邪なことは言わずに「サークル勧誘を受けて断るためにミステリー研究会に行ってくる」と訳を話したらこれだ。

 別に誘惑されたわけではない。と、いうか部長の狙いはお前だよと言ってやりたいのだがやめておく。余計に面倒なことになるからだ。自分に近づくために琉唯を利用したとして。

 これまた隣を歩く千鶴にいたっては無言でバツ印を作っている。浩也から連絡を受けていた彼女は全てを理解しているので、「本当の訳は言わない方がいい」という意味がバツ印には籠められていた。

 彼女もそう判断するのだがら、これは絶対に言えないなと琉唯は黙って廊下を歩く。東棟の二階は人が少なかった。講義が行われていないというのもあるだろうが、此処はあまり使われていない。

 コの字に曲がっている形をしている建物であるので、奥となると先は見えなかった。こんなところに人がいるのだろうかと思うほどに人気がない。

「私、東棟の二階の奥って行ったことないかも」
「奥まではおれもないかも。東棟ってコの字型になってるから変な造りなんだよなぁ」

 迷子になることはないけれど奥の教室が何処なのか把握できない。第何講義室など細かく教えてほしかったと琉唯は愚痴る。それに隼が「不親切すぎる」と眉を寄せた。

「そのサークル勧誘をした女子は何がしたいんだ。サークル勧誘をしたいというならば、正確な場所を伝えるべきだろう」

「まぁ、そうなんだけど……」
「不愉快だ」
「隼、とりあえず落ち着いて。おれは大丈夫だから」

 ますます不機嫌になっていく隼を琉唯は落ち着かせる。この状態で結に会わせたくはなかった。容赦なく切り捨てるどころか二倍三倍と言われてしまうことになる。

 あの性格ならば耐えきれる可能性はあるけれど、聞いているこっちの胃が持たないのでやめてもらいたい。言い争いなど聞きたくも見たくもないのだ。だから、琉唯は「おれは大丈夫だって」と笑って見せる。

 そうすると隼はむぅっと眉を下げる。納得はしていないけれど、琉唯に言われては仕方ないといったふうに怒りを抑えてくれた。

 奥まで歩いて角を曲がると奥に人が立っていた。少し大柄な男子が苛立ったように扉の前を陣取っている。もしかしてあそこがミステリー研究会の部室だろうかと琉唯は彼に話しかけた。

「あの」
「なんだよ」
「その、佐藤先輩に呼ばれて……」
「あぁ、勧誘されたのか」

 男子は「あいつに捕まって大変だな」と憐れむような目を向けられた。それは隣に立つ隼を見てからなのだが、彼はなんとなく察したのだろう。「あいつは面食いだからな」と跳ねた短い黒髪をがしがしと掻く。

「えっと、その……」
崎野悟さきのさとる。好きに呼べ」
「あ、おれ……」
「知ってる。鳴神に懐かれてる緑川って有名だから」

 有名なのか、自分はと頬を引きつらせれば、「目立つからな」と隼を指さした。隼が女子に人気があり、噂になっているのを耳にしたことがあるようだ。他の学科でもそうなのだから、そんな男といつも一緒にいる琉唯も目立つというわけだった。

 それはそうかと納得したように頷けば、千鶴に「どんまい」と励まされる。なら、助けてくれと思うのだが、無理と即答されてしまった。

「俺の傍に琉唯がいて何の問題があると?」
「……大変だな、緑川」
「まぁ、うん」

 隼の理解できないといった表情に悟は同情するように琉唯に言う。もう慣れてしまったからいいんだと笑えば、「崎野くん」と声をかけられた。振り向けば三つ編みおさげにした女子と眼鏡をかけた男子が駆け寄ってくる。

 二人はミステリー研究会のメンバーらしく、琉唯たちを不思議そうに見つめていた。悟が「部長の犠牲者」と隼を指差して喋れば、あぁと納得したように頷いている。それほどに佐藤結は面倒事を持ち込んでいるようだ。

 女子は鈴木里奈すずきりな、男子は田中聡たなかさとしと自己紹介してくれた。二人は「大変だね」と悟と同じように同情してきたのだが、どれだけ結は面倒なことをサークルに持ち込んでいるのだろうか。不安になって「なんか、佐藤さんって問題起こしたりしてるのか?」と聞いてみる。

「まぁ……」
「あの人は諦めが悪いから……」

 男関係でいろいろあったのだろうなと、その会話だけで察せてしまう。あぁと琉唯が頷けば、隼が「琉唯」と呼んだ。

「佐藤と言ったか。彼女の本当の目的は俺だな?」
「…………」
「琉唯。それの沈黙は肯定にしかならない」

 眉を寄せている隼の眼が怖い。琉唯はもう誤魔化すこともできずに黙るしかなかった。それがまた彼を苛立たせているのは分かっているけれど、言い訳やフォローが思いつかないのだから口を閉ざすしかない。

 琉唯が喋らないと察してか隼は千鶴へと目を向けた。ぎろりと睨むように向けられた眼に「すみませんでした」と彼女は謝る。

「ひろくんから事情は聞いてるけどね! ひろくんが疲弊するぐらいには佐藤先輩って話聞かない人らしいからさ!」

「ほう」
「時宮ちゃん! ストップ!」
「無理だって、諦めて!」

 私は悪くないんですと千鶴がぼろぼろと話すものだから全てを知った隼は小さく舌打ちした。あ、これは駄目かもしれない。琉唯は「隼、落ち着てくれ」と彼の手を握る。

「お前が悪く言われるのはおれは嫌だから。お願い」
「……琉唯。君は俺がそれに弱いことを知っていてやっているだろう」

 はぁと琉唯のお願いに隼は溜息を零す。彼は琉唯からのお願いに弱いので、そう頼まれてしまうと無碍にはできない。分かっているからこそなのだが、琉唯だってこんなことは早々しない。

 隼が悪く言われたくないのは本当なのだ。嘘ではないからそう頼んでいるというのを彼も理解している。だから、仕方ないと怒りを治めてくれた。

「話が終わったんならさっさと部屋入るぞ。鈴木、鍵貸してくれ」
「あ、はい。でも、佐藤先輩もう来てるんじゃないの? スペアしか残ってなかったけど」
「来てないから言ってんだろうが」

 里奈から鍵を受け取った悟は開けようとして身体をドアにくっつけた。彼の身体で手元は見えないが、がちゃという鍵の音が鳴っている。ドアを開けられて室内に足を踏み入れた琉唯たちは固まった。

 それはホワイトボードの前でそれは倒れていた。赤い液体が床を濡らす。辿るように目を向けていれば、すらっとした足が見えて――腹部から血を流した身体を捉える。

「佐藤、先輩……」

 聡の言葉にそれが佐藤結であることを皆が理解した。

 血に塗れた彼女を認識する。声にならないといったふうに里奈と千鶴は口を閉口させていた。悟も聡も動けないでいる。先に動いたのは隼だった。倒れる結の傍に駆け寄って、生死を確認する。

「腹部を刺されて死んでいる」
「うそ、でしょ……」
「おい、死んでるって……」
「遺体に近づくな。警察が来るまで現場を荒らしてはいけない」

 近寄ろうとする悟を隼が制止すると、「警察に連絡を」と指示を出した。その冷静な言葉にはっと我に返った千鶴が「教授たちに知らせてくる!」と部屋から飛び出していく。里奈はその場にへたり込み、彼女を聡が支える。

 じっと遺体を観察する隼に琉唯も倒れる彼女へと目を向けた。ホワイトボードの前で倒れる彼女の腹部からは、血が流れており水溜まりを作っている。その傍には鍵とナイフが無造作に落ちていた。

 ナイフはライナーロック式で折り畳みが可能なものだ。刃にはべったりと血がついており、凶器は恐らくこれであろうと素人目から見ても分かる。

 手を上げるような形で倒れる結になんとなしに指先へと視線を上げて、首を傾げる。何か見えて、琉唯は周囲を荒らさないように隼の傍まで歩む。彼女の指先、床に何か描かれていた。

「5?」

 数字の5の字が描かれている。震える指で書いたせいか、形が歪なので5のように見えるだけで違うものかもしれない。その隣に線が縦に引かれている形で力尽きているので、もしかしたら苦しみもがいている時についただけの可能性もある。

 その他に遺体に損傷は無く、少しばかり争った形跡はあるが腹部を刺されたのが致命傷のようだ。彼女の唇についていただろう発色の良い赤いリップが擦れたように口元についている。周囲を見渡してみるも、部屋は綺麗なもので特に散らかってもいなかった。

 見れば見るほどに彼女の死を実感し、琉唯は少し怖かった。明らかな他殺死体など見るのは初めてだったから。もし、近くに犯人がいるならばと考えて背筋が冷える。

「……なるほど」
「隼?」
「なんでもない。琉唯、どうした?」
「いや、やけに落ち着いてるから……」

 何かあったかと琉唯が問えば、隼は大したことはないと返れた。それにしては遺体を観察していたけれどと思ったが、自分もじろじろ見ていたなと琉唯は他人の事は言えない。

「誰かが落ち着いて判断しなければいけないだろう。こういう時は」
「まぁ、そうだな……」

 皆が皆、慌てても駄目かと琉唯は納得した。隼は暫し、周囲を観察してから「後のことは警察に任せればいい」と、興味を無くしたように立ちあがって遺体に向けていた眼を上げる。

 琉唯は描かれていた数字が気になったものの、下手なことはしないほうがいいなと警察が来るまで待つことにした。

   ***

「君たちが来たときにはこうなっていたといことだね?」

 警察が到着し、現場は封鎖される。野次馬の騒がしい声がする中、廊下で刑事に発見当時の状況を説明した琉唯たちは皆、頷いた。

「鍵はかかっていたと」
「オレが鍵を開けたんで」
「鍵は佐藤先輩が持っていたものと、スペアの二個しかないです」
「なるほど」

 亡くなった結が持っていた鍵はこの部屋のもので間違いないことを里奈と聡が証言する。密室かと田所と名乗った渋面の刑事は腕を組んだ。腹部を刺されてナイフも落ちているのだから、殺人の線で警察は考えているのだろう。

 遺体に触れたかという質問に隼が「生死を確認するために脈を計りました」と答える。それ以外では触ってはいないし、現場を荒らしてはいないと。それを聞いてから田所刑事はうーんと頭を掻いた。

「田所刑事」
「なんだ」

 若い刑事がやってきて耳打ちをする。うんっと片眉を上げて田所刑事は琉唯を見遣った。

「君の名前って緑川琉唯くんだったよね?」
「そう……ですけど……」
「君が昼に佐藤結とカフェスペースの近くで口論していたという目撃情報があるのだが、本当だろうか?」

 琉唯はその質問に確かに自分は彼女とカフェスペースの近くで話をしていたことを認める。傍から見れば口論に見えなくもないので、そう答えたのだが田所刑事は「確認なのだが」と再度、質問してきた。

「口論していたんだね?」
「口論ってほどではないですよ。佐藤先輩がちょっと強引だったので、強く言い返しただけで……」
「なるほど。少し君に聞きたいことがあるのだが……」

 個別にと言われて琉唯ははぁっと声を上げた。まさか、これだけで疑われるのかと。佐藤結と出逢ったのはあの時が初めてであったことを琉唯は伝えて、自分はこの事件とは関係ないと主張した。

 それでも、田所刑事は「これも確認のためだから」と言って聞いてはくれない。

「ちょっとこっちに」
「警察というのは単純なことも分からないのか」
「……なんだね、君は」

 琉唯を連れて行こうとする田所刑事に隼がはぁと露骨に溜息を吐いて見せた。彼の態度に田所刑事は眉を寄せながら「何が言いたいんだね」と顔を向ける。

 琉唯はそんな二人に挟まれる形になってしまい、彼らを交互に見遣るしかない。千鶴たちも何がと疑問符を浮かべていた。

「琉唯は犯人ではないし、そもそも彼は講義を受けていた。調べればすぐに分かることだ」
「それでも話は一応のために聞かなきゃならないんだよ」
「犯人ならもう分かっている」
「……は?」

 隼の発言に田所刑事だけでなく、その場にいた全員が呆けた声を出していた。彼は何を言っているのだろうかと言うように。そんな反応を気にも留めずに隼は開かれたドアから中を指さした。

「佐藤結の上げられた腕の指先に文字が書かれていただろう」
「あぁ、あの歪なやつ」
「あれは犯人を告げるものだ」

 佐藤結は犯人が部屋を出て行ってからなんとか伝えようとしたのだろう。ただ、力は残されていなかった。死ぬ間際にできることといったら限られている。犯人に痕跡を消されてしまう可能性もあるのだ。

 けれど、彼女は書き残した。隼は「琉唯も見ただろう」と問う。確かに床に血で描かれていたのを目にしているので頷いた。

「歪ではあるが数字の5が書かれている」
「そう見えるかもしれないが、もがいた時についた可能性も……」
「5の数字の隣に線が引かれていただろう。あれも含めて一つの文字だ」
「は?」

 どういう意味だと田所刑事は首を傾げた。それは千鶴たちも同じで顔を見合わせているのだが、琉唯は何が言いたいのだろうかと考えてみる。

 5という数字の隣に縦に線が引かれていた。これを一つの文字と捉えると考えて、あっと琉唯は気づいた。

「5って漢数字の五か!」
「そういことになる。漢数字の五の文字とその隣に一本の線がある漢字を名前に持つ人物は一人しかいないのではないだろうか?」

 あっと一人、また一人と気付いて視線を向ける。その先に立つ〝彼〟は何を言っているんだと笑った。

「サークルメンバーらの反応を見るに、君の名前の漢字は悟るという字で間違いないだろう。その字には漢数字の五が含まれているな?」
「……なんだよ。オレが犯人だって言いたいのかよ! 言いがかりも大概にしろよ」
「現状でいうならば、君が一番、殺害可能だ」
「何を証拠に……」
「君が最初に現場にいたというのがまず挙げられる」

 隼は発見に至るまでの経緯を順序良く話し始めた。まず、最初に現場にいたのは悟で、その次に琉唯たち三人が到着した。少ししてから里奈と聡の二人がやってきている。そこで話をしてから悟が里奈から鍵を受け取って開けた。

 此処まではいいだろうかと問われて、皆が頷く。それに悟が「鍵はかかっていたじゃないか」と同意を求めた。それに里奈がそうだよねと頷くが、隼は「そうだろうか?」と問い返した。

「俺たちは誰も鍵がかかっているのを確認をしていない」
「……あ、そうだ」

 そう。琉唯たちだけでなく、里奈も聡も誰もドアに触れて鍵がかかっている確認などしていなかった。鍵を開けた悟だけなのだ、そう証言するのは。

 そこで琉唯は悟のドアを開けている様子を思い出した。確かドアに寄り掛かって手元を見せないようにしながら開けていたことを。

「確か手元が見えないようにドアに寄り掛かりながら鍵を開けてたよな」
「そういえば、そうだった。隠すみたいだったよね、あれ」

 琉唯の言葉にそうそうと千鶴が思い出したように頷く。里奈も聡もそういえばといったふうに悟を見遣る。彼はなんだよと声を震わせていた、オレじゃないというように。

 けれど、彼以外は鍵がかかっていたかの確認をしていない以上は密室は成立しない。田所刑事は「それは確認しないといけないな」と頷いた。

「そんなもの、証拠になるか!」
「なるほど。では、直接的に言わせてもらう。佐藤結は恐らく口を押さえられて殺害されている」

 彼女の唇についていただろう赤いリップが擦れて口元についていたことから、口を押さえられた可能性があると隼は指摘した。ハンカチなどで押さえたのであればそれも証拠になりえるが、処分方法を考えなければならない。

 前提条件として密室に見せかけるために鍵を開けるのは犯人でなければならない。そうなると捨てる時間というのも惜しいはずだ。窓から捨てたなど警察が調べればすぐに分かってしまうし、持っていては怪しまれる。その場から動けない状況でどうやって口を塞いだのか。

「その手で口を押さえたのならば、彼女の口紅がついていたはずだ。手を拭っているのならば、君の衣類を調べれば痕跡が出る。そうしていないのならば……スペアの鍵についているんじゃないか?」

 発色の良い赤いリップだからなと隼はぎろりと鋭い眼を向けた。悟はその目から逃れるように俯く。わなわなと震えながら言い返そうにも言葉が出ないように。それは負けを認めたかのようだった。

 何の言い訳もしないという状況は彼が犯人である証言しているかのようだ。里奈はどうしてと信じられないといったふうに見つめている。少しの間だった、田所刑事が一歩、踏み込んだ時に悟は「あいつが悪いんだ!」と叫んだ。

「あいつがオレ以外を選んだのが悪い! なんで、オレじゃ駄目なんだよ! ふざけんなよ!」

 どうやら彼は佐藤結に好意を寄せていたらしい。ずっと好きだったと喚き散らし始めて田所刑事が止めに入ろうとすれば、隼がはぁと苛立ったように息を吐いた。

「君は愚かだ」
「黙れ!」
「そんな理由で殺人を犯していいわけもないし、誰かに罪を着せていいなどない」
「そんなの……」
「煩い」

 唸るような声だった。思わずびくりと肩が跳ねて、琉唯は隼を見遣る。彼の眼光が悟を射抜いた。

「君の妄言などに興味はない。好きだのなんだと勝手にしてしろ。ただし、琉唯を巻き込むな」

 それは冷淡に、けれど低く。発せられた言葉に籠められた圧に悟は言い返そうにも返せない。隼の眼が許さない、猛禽類のそれが。

 なんとくだらないことかと隼は「トリックを使うならもう少しよく考えろ」と呻れば、悟は唇を噛んで項垂れた。それが止めになったのか、黙りこくってしまった彼に田所刑事が近づいて手錠をかけて、この事件は幕を下ろした。

   ***

「事件解決に協力してくれたことに感謝はするが、犯人を挑発するような行為はしないように」
「別にしていないが?」
「君ね……」

 事件の第一発見者として聴取を受けるために警察署を訪れていた琉唯は苦く笑う。目の間では田所刑事がはぁと溜息を零し、隼は何が悪いといったふうに腕を組んでいた。

 田所刑事は隼に事件解決の協力をしてくれたことに対して感謝はしていたが、彼の犯人への態度を注意していた。あれは挑発行為にあたり、危険であると言っているのだが、隼は平然と「そんなことはしていない」と返している。

 刑事相手によくまぁ言い返せるものだなと琉唯は隼の豪胆さに感心してしまった。いや、してはいけないのだが。

「本当のことだったとしてもだね。あぁいった行為は慎むように」
「気にかけておこう」
「君ね……。そもそも、探偵ごっこのようなことをしてはいけないんだが……」
「していないし、首を突っ込むつもりもなかった」

 探偵ごっこと言われて隼は「事件になど軽々しく首を突っ込むほど馬鹿ではない」と反論する。あれは警察が悪いのであって、自分に落ち度はないと。田所刑事は何を言っているんだと首を傾げている。

「手掛かりは分かりやすく落ちていたというのに、目撃情報だけで琉唯を容疑者に入れたのが悪い。相手も琉唯が口論していたのを知っていて罪を着せようとした可能性もあった。許されるわけがないだろう」

 あんな簡単なものを見逃すのが悪いのだと刑事に堂々と言い切るものだから、隼には恐れるものがないのかもしれない。田所刑事は眉を下げながら言葉を探している様子だ。頼むから刑事が大学生に言い負かされないでくれと琉唯は心中で突っ込む。

「だがね、犯人を煽るのはよくない」
「煽ってはいない。琉唯に被害があったから言ったまでだ」
「えっとね。恋人だか親友だが知らないけれど、緑川くんが好きなのは分かるが少しは冷静になりなさい」
「恋人ではないです、刑事さん」
「〝今は〟違うな」

 琉唯が訂正するも、隼に追撃されてしまう。田所刑事はそれだけで察したようで、琉唯になんとも同情するような眼差しを向けてきた。そんな目になってしまうだろうなと琉唯は笑うしかない。

「俺は冷静に判断している」
「……まぁ、いい。探偵ごっこはしないように」
「俺は琉唯の為にしかしないので安心してほしい」

 俺が推理するのは琉唯の為であり、他に興味はない。誰が死のうと犯人であろうと知ったことではないので、自ら事件に首を突っ込むことはしないと隼ははっきりと告げる。

 それはもうはっきりと言うものだから田所刑事はもう諦めたように「わかった」と匙を投げた。何せ、琉唯が絡めばまた推理すると言っているのだから彼は。これは何を言っても無駄だと投げたくもなる。

「とんでもない男に好かれたな、緑川くん」
「これどうにかなりませんかね?」
「おじさんの経験上、こういったタイプの人間からは逃げられないな」

 諦めなさいと肩を叩かれて琉唯はですよねと頷く。そんな琉唯に隼がなんとも不満そうにしているのだが、見なかったことにする。

「おじさんはちゃんと注意したからな。気を付けなさい。では、もう帰っていいよ」
「ありがとうございました、刑事さん」

 琉唯は田所刑事に挨拶をして隼と共に警察署を出た。すぐに終わるはずだったのだが、隼への注意で長居してしまったなと琉唯が彼を見遣れば、じとりと見つめる目と合う。

 うーん、見なかったことにはできなかったかと琉唯は仕方ないと「どうした」と問う。

「俺は君のためにしただけだ」
「それは分かっているよ。けど、犯人を煽ることはないだろ」
「…………」
「不満げにしても駄目だから」

 むすっとしている隼に琉唯はどうしたものかと腕を組む。隼から向けられる好意というのを嫌だとは感じていない。だから、好きかと問われれば、好きなのだが、それはそれとして危ないことはしてほしくはなかった。

「お前がおれのために想ってくれてるのはいいんだけど、危険な目には遭ってほしくないんだ」
「琉唯。俺は君のためならば面倒なことでも解決しよう。それが例え、殺人事件であろうとも」

 あれは君のためにやったことだ。さらりとなんでもないように言ってのけたこの前方彼氏面なイケメンを琉唯は眺めるしかない。

 隼を止めることはできないのだろう。それほどに愛されているということを琉唯は実感した。やめるように説得するには彼を拒絶するのが一番なのだろうけれど、琉唯にはそれができなかった。彼の事を心配している自分がいるから。

「お前ってほんっと……。危ないことはするなよ」
「善処しよう」
「はぁ……。まぁ……でも、助けてくれたのは嬉しかった。ありがとう、隼」

 ふわりと温かく笑む。琉唯の表情にゆっくりと隼の眼が開いて、口元を隠すように手を当てる。

「君は本当に反則が過ぎる……」

 隼は感情を抑えるように肩を震わせていた。どうやら、彼のツボにはまったらしい。よく分からないなと琉唯は思いつつも、何度も見ている光景なので突っ込むことはしなかった。


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