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死にたい夜とアマミホシゾラフグの求愛行動

 その夜、私は相変わらずやってくる突発的な鬱周期に苛まれ「死にてえ!」と叫びながら、インターネットで「動物 求愛行動」と検索していた。自分は動物から好かれるムツゴロウさん的な異能者ではないが、それでもあらゆる動物に対し、報われぬ片思いをし続けている。どうしようもなくアニマルラバーである。犬や猫ももちろん好きだが、およそペットとして飼えないような僻地の珍しい動物に至るまで、私は無性の愛を注いでいる。

 就中私が興味津々なのは、彼らのユニークな求愛行動だ。たとえば孔雀は、オスが大きく美しい尾を広げてメスを誘惑するし、北極海のズキンアザラシは鼻の粘膜を大きく膨らませて、他のオスとメスを取り合う。フラミンゴは、繁殖期に首を振ったり、羽を広げたり、突然一斉に走り出したりするし、ゴリラなんて、気になるメスに自分のうんちを投げることもあるのだ。完全にイカれている。だが、美しい。動物の求愛行動はとても美しくてパワフルだ。そこに「なぜ?」は要らない。「なんで鼻が大きく膨らむオスがモテるんだい?」とかいう質問は、全然お呼びじゃない。

 今回、私がスポットライトを当てたいのは、アマミホシゾラフグである。うん、そう、フグ。美味くて高級で毒があるアレさ。しかし、アマミホシゾラフグを他のフグと一緒にはしないでほしい。今回のテーマは、求愛行動だ。そして、こと求愛行動において、アマミホシゾラフ…長いので以下、アマミ先輩と呼ばせていただくが、このアマミ先輩はとても、ユニークかつ、非常にクレバー。とにかく、非の打ち所がないエレガントな「芸術」を見せてくれるのである。
 ここで諸君らは思うであろう。求愛行動が芸術?そりゃいささか言い過ぎってもんじゃないかい?と。言っておくが、私はアマミ先輩からお金など受け取っていないし、別に借りがあるわけでも、肩入れしているわけでもない。あくまでフラットに見ているつもりだが、圧倒的に彼の求愛行動は美しすぎるのだ。これをどうか諸君らにも分かってほしいのである。

 端的に説明していこう。アマミホシゾラフグは、その名の通り、奄美大島の南沖や琉球諸島近海に生息している。実は、2012年にその存在が明らかにされたばかり。その発見から遡ること1995年頃、奄美周辺の海底に直径2メートルほどの円形の幾何学模様がちらほらと見つかり、研究者たちを悩ませていた。何かの偶然で出来たとは考えにくいほど完全な円形と、緻密な模様。そしてその円の中には、まるで飾り付けられているように貝殻の破片が散らばっていた。別の場所でも、度々ダイバーたちに発見されたそれらは、海底のミステリーサークルと呼ばれ、物議を醸した。

産経フォト(https://www.sankei.com/photo/story/expand/180524/sty1805240001-p2.html)

 そんなミステリーサークルの正体が明らかになったのが、2012年。海の底に描かれた謎の模様は、アマミホシゾラフグのオスが、メスを呼び産卵をしてもらうための、いわば“円形ステージ”だったことが判明した。体長15センチほどの小さなオスが、直径2メートルの大きな巣をつくる。彼らに“適当”は通用しない。とても正確に、細部まで美しく趣向がこらされた愛の巣をつくる。それは、私たち人間のマイホームとは違って、メスの産卵が終わればもう使われることのない、儚い家だ。それでもオスは必死に、精巧なアートを海底に作り上げていく。

 私は感動して言葉を失った。それは敗北感にも近かったが、私は落ち込むどころか高揚していた。その様子はまさに職人気質の芸術家。なんなら、そこら辺の人よりもよほど美的センスが研ぎ澄まされているように思える。なぜこんなことができるのか、つくづく動物は面白い。面白くって侮れない。そしてそれは求愛のためなのだ。あらゆる動物の原動力は、結局のところ生殖と種の保存。愛のために何かを成し遂げるのが、生き物たちの宿命である。そして、その求愛行動に優劣はない。今回はアマミホシゾラフグを紹介したが、腰を揺らしてダンスするのだって、羽を広げるのだって、胸を叩いて音を鳴らすのだって、みんな素敵な求愛行動だ。チャーミングでたまらない。人間はどうかな。食事に誘ったり、プレゼントを送ったりするのが一般的かしら。私は好きな人にはオリジナルの歌を歌ってあげたり、ダンスしたりするよ。たまに引かれるけどね!HAHA!

 さて、そんなことを調べ尽くして、資料映像を眺めているうちに、死にたい夜は通り過ぎていった。私は今日も元気に生きている。ありがとう、アマミホシゾラフグ!生き物にサンキュー!!!お後がよろしいようで。

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