鍋を捨てた日
願いかなって雪平鍋を手に入れたので、ついに十年以上もの時間を共にした片手鍋を手放すときがきた。
あの人の味噌汁もあの人のうどんも、この鍋で煮たのだ。と記憶を引っ張り出してみると、早く捨ててしまいたい気持ちと同時に、なんのこだわりもなく揃えた鍋に対してとつぜん愛着が湧いてくるのだから面白い。
そんなことを思いつつ袋に包んだそれをアパートのゴミ捨て場にかたん、と置いた。
そのまま外で深く息を吸う。
「ああこの匂いは、いちばん乗りした日のグラウンドの匂いだ。」
むわっとした空気と一緒にあの人と過ごした時間がわたしの中を通り抜けていった。いままでありがとね、桃色のお鍋(とあの人)。