今日のインマイヘッド。

「NUMBER GIRL 17年ぶりのツアー!!」という見出しに心躍らせた昨夜。「今年のライジングサンは参戦必須!でも・・でも・・」という先日までの僕の地団駄のリズムは「we will rock you」そのものだっただろう。

最大限に行けるような計画は立てたいところだけれど、やはり関西に来てくれるのは嬉しいし、有難い。

だけども17年前の僕が「17年ぶりの○○!!」という見出しにはきっと何も感じなかっただろうなと思ったし、実際感じてなかった。

生まれる前だとか、物心付くか付かないかの頃に在った「それ」に対してこの様な気持ちは付いてこない。心躍ったとしても、きっとそれは別の感情だ。言うて僕がNUMBER GIRLを知ったのは解散した後なんだけども。

十数年ぶりがリアルタイムに感じられる様になった年齢になった事を悟り、大人としていたあの頃の人達の気持ちを今改めて思う。そりゃ「うぉぉぉおおおおおおおおおお!!」ってなもんだ。林檎も握り潰せそうなくらい拳も握るわ。
止まっていた時間が動き出すんだもの。淡い儚いと半ば諦めている夢がまさか叶うんだもの。それだけでもこんな幸せなことはないよね。生きていればこそね。

そんな昨今のニュースでは、なんだか頭を傾げたくなるような事ばかり目に付く。

そんな方向にアンテナが向くのは僕のバイオリズムのせいね。

「俺はこうやってきてたんだから君もそうしろよ!」と強要しちゃう上の世代の方達にも辟易している。

先人達の教えは、例に漏れず大切だ。凄く辛い事も経験して乗り越えての今でしょう。僕が知り得ないくらいの。

だけども「それじゃ中々進まないから見直そうね?」と舵を切り始めているのにも関わらず、なんならもう既に新しい波に乗っちゃってるのに関わらず、自分の経験した事を繰り返えさせようとする。

否。貴方の経験した事はとても素晴らしいし尊いものです。だけど先ずは先導に立つ人間が意識を変えなくちゃいけない。その経験を持って何がしがらみになっていたのかを知れるのは先輩方だ。後輩達はもちろん何も知らない。でも彼らは新しい波をフラットにナチュラルに対応している。だってそれしか知らないから。

そうなったら行き詰ってしまうのはどっちだろうかね。下手したら共倒れかもね。

そんなん先導者としての資質を問われる事案じゃないか。嫌だわ。

楽しく生きるって事がとてもマイノリティーになっていたのかもしれない。ストイックが過ぎて、別の何かにすり替わってますわ。

「戦後、私達が一番望んだ事は白い飯を腹一杯食べる事だった。そして豊かになった。私達の望んだようになった。今の子達には申し訳ないけど本当にそれだけだったんだよ。」

という話を聞いた。まだその教育の延長線上に居るんだろうなぁと思う。その後に、

「だからこれからは君達が望むように作っていって欲しいんだよ。そしてそれを私達に見せて欲しい。」と続いた。

壮大な事は言えないけれど、先人達のおかげで生活が出来ている僕達はその想像力や精神は受け継いでいかないとと思う。でもちょっぴり「ムセキニーンヤーン」とも思ったりもする。ちょっぴり。…いや、もう充分かしら。

脈々と続いていく生命の連鎖の中で、先人達となっていく自分が何を伝え残せるんだろうか。否、何を言う。烏滸がましいわ。「考えていけるだろう。」だわ。

まずは後輩、家族単位から始めよう。

「ねぇーーーーー。もっと笑っていましょうよーー。」と言いたい。敬語で。
笑ってて欲しいし。家族友人仲間には。

なんとかならんもんかね?自分の時間を切り売りして生きてるんだから楽しい気持ちで身体中一杯にして、その反動が大き過ぎちゃうくらいの精一杯悲しい今生の別れを沢山の重ねて、皆んなと会えてよかったなっていう思い出を持って終わりたいよね。
他人を傷付けたり貶めたりして、その人の時間を無駄に浪費させてしまう権利なんて誰も持ってない。
まぁ、そんな事も蔓延ってるし、喜怒哀楽も幸も不幸も千差万別ね。
つまりこれも、極々ミニマムで単一視点な気持ちをドロップ。
お得意の険しい山道の様な頭の中。「お前の脳味噌、マンゴープリンか」と甘さを思われようとも。
人それぞれ。私は私。今日より明日。昨日の上の今日。

3月9日

#numbergirl
#インマイヘッド
#私は私


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