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岡啓輔『バベる! 自力でビルを建てる』 ーそのどうかしている挑戦

港区三田に鉄筋コンクリートのビルを自力で建てようと決心した岡啓輔はこう考えた。
「三年くらいあれば建てられるだろう」
ところがかれこれ建設が始まって十年以上が経過したが、完成には至っていない。岡氏の挑戦を知ったのはたしかほぼ日刊イトイ新聞に掲載された対談だった。以来、私の頭の片隅には建設中のあのビルが聳え立っていた。本書、岡啓輔『バベる! 自力でビルを建てる』(筑摩書房)はそのビル建設を試みる氏の記録だ。

どうかしているんじゃないかという無謀な挑戦が好きだ。私もコンピュータを欲すれば、トランジスタからつくってみたい、ソフトよりもまずはハードウェアからと、側から見たらどうかしている人生を過ごしてきた。本にしても、印刷や製本に手を出したい。そう考えてみると、私の考える無謀さとは、自分ですべてを賄うセルフコンテインドな仕事であることに気づく。私の部屋には無謀な挑戦の書が並んでいる。

セルフコンテインドな仕事のためにはプリミティブなところを抑えていくことが欠かせない。この社会システムの一番硬い地盤に触れて、そこから上に積み上げていく。岡氏のこのプロジェクトもきっとそうだ。土地を調べ、購入し、地面を掘り、鉄筋を張り、型枠を組み、砂と混ぜてコンクリートを練り、打設する。そうして、セルフコンテインドに物事を積み上げようとする岡氏の挑戦を読み進めるうち、氏はたびたび困難に阻まれる。いかに多くの物事や社会の仕組みが関わっており、それぞれが分断されているのか、私たちが見過ごしてきたのかを思い知らされる。なぜか? それは私たちが大抵のものを自分では作らないからだ。つくってみなければわからないことがある。つくりながら考える。それでこそわかることがある。岡氏が言う〈即興〉の建築だ。

彼は踊りから〈即興〉の建築の着想を得た。「踊っていていちばんうれしいのは、今までやったこともないような動きが閃き、その瞬間に体が動き、それにつられるようにして、次々と新しい踊りが生まれてくるときだ」。そして、「踊りでつかんだこの感覚を、建築に活かすことはできないだろうか」(p.112)と思い至った。「このとき浮かんだアイデアが頭にこびりついて離れない。無謀だと思っていてもそれをどうにかやる方法はないのか、気づいたら考えている」(p.229)。

自分がつくりだしたものが何者なのかわからない。だから、つくった後で素朴な不安が襲う。自分で打設したコンクリートの床を前に、
「これは本当に床として耐えられるだろうか?」
と考える。固まったコンクリートの床に寝転がり、確かに床として耐えうるのだと噛みしめる。ものをつくるとは本来そういうことの積み上げなのだ。私たちは自らつくりもせず、それでいて疑うこともない。だからこそ氏の言う次の言葉は重く、だが希望に満ちて聴こえる。

「つくる悦びを回復すれば世界平和が得られる。」

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