見出し画像

#1:「宇宙に行ける人」を再定義する、オール民間人宇宙飛行

この投稿は、宇宙産業の今とこれからをビジネスとデザインの視点から読み解いていくニュースレター「Leonov」のVol.1の転載です(9月12日配信)

9月15日の午後8時以降(東部時間)に打ち上げが予定されている、オール民間の宇宙飛行ミッション Inspiration4。このミッションでは4人の民間人が、民間企業のSpaceXが手がけるクルー・ドラゴン宇宙船に乗って地球低軌道を3日間周り続けた後、地上に帰還する。政府機関が一切関与しないため「宇宙飛行の新たな時代の幕開け」と呼ばれているが、理由はそれだけではない。

画像2

これまで宇宙に到達したのは600人にも満たないが、そのほとんどが白人男性だ。女性はたった67人。さらに、NASAの宇宙飛行士のうち黒人は15人のみ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が送り込んだ宇宙飛行士は12人で、そのうち女性は2人だけだ。

宇宙は平等や自由の象徴とされることがあるが、こうしたデータを見るとそれはただの理想像だということに気づく。地球の情勢は、宇宙開発にも正直に反映される。人種差別、性差別やエイブルイズム(非障害者優先主義)など、社会のさまざまな差別は宇宙でも存在しているのだ。

米メディアAxiosミリアム・クレイマーは、Inspiration4のミッションを追うポッドキャスト「The Next Astronauts Part II: The New Right Stuff」でこの矛盾について言及している。

昨夏、ブラック・ライブス・マター運動の真っ只中で、NASAはSpaceXのクルー・ドラゴン宇宙船で2名の白人男性の宇宙飛行士を国際宇宙ステーションに送り込んだ。当時このイベントを取材していたミリアムは、60年代のアポロ計画が脳裏によぎった。人類初の月への宇宙飛行を実現させたこの計画もまた、アフリカ系アメリカ人公民権運動を背景に白人男性の宇宙飛行士たちを月面に送り込んでいる。この状況に対して、詩人のギル・スコット=ヘロンは「Whitey On the Moon(月に降りた白人)」と題した歌で痛烈に批判した。

ミリアムは、アポロ計画と民間企業による初の有人ミッションという宇宙開発史上の二つのビッグイベントが、それぞれ当時の社会情勢と切り離されていることに違和感を感じたのだ。

医療費が払えない。(でも白人は月にいる)
10年経っても払い続けてるだろう。(白人が月にいる間に)
昨晩あいつが家賃を上げた。(白人が月にいるから)
温水もトイレも電気もない。(でも白人は月にいる)
—Whitey On the Moonの歌詞より抜粋

Inspiration4の意義はその人選にあると、ミリアムは言う。今回のミッションには「リーダーシップ」、「希望」、「寛容」、「繁栄」の価値観を象徴する4人のメンバーが選ばれており、そのうち2人は女性だ。

一人目は、黒人女性として初の宇宙船パイロットとして参加し、「繁栄」を象徴するサイアン・プロクター博士。もし何らかの理由で失敗すれば、世間はすぐさまサイアンの能力をこれまでの白人男性パイロットと比較するだろう。サイアンの選抜は扉を開く可能性も、逆に閉めてしまう可能性も秘めている。その重圧を感じながらも、サイアンは歴史的瞬間に向けて入念な訓練と準備を進めている。

もう一人は骨肉腫サバイバーで、金属製のロッドを左足に入れているヘイリー・アルセノーだ。彼女が象徴するのは「希望」。ヘイリーは現在、自身が闘病中に入院していたセント・ジュード小児研究病院に勤務している。走ったりジャンプすることもできない彼女は、これまでの宇宙飛行士選抜試験では門前払いの対象だ。そのヘイリーは今回、宇宙飛行士として全世界のがんサバイバーに「なんでもできる」ことを伝えていきたいと言う。

サイアンとヘイリーは、歴史的に宇宙へ行く機会を与えられなかった人たちを代表する形で宇宙に行くのだ。

画像2

Inspiration4は宇宙飛行士の定義を更新し、宇宙がより多くの人々に開かれる時代の到来を感じさせてくれるだろう。同時に、この歴史的なイベントは「誰がいつ宇宙に行けるか」を決める権限が、ただ宇宙機関から民間企業へ渡されるだけ、とも読み取れる。

本当の意味で誰でも宇宙に行ける未来を築くには、これまでの宇宙開発は歴史上で凝り固まった偏見の上に成り立っていることをまず認識し、これからの開発とデザインプロセスに多様な視点を織り交ぜていくことが求められる。Inspiration4は、その未来に向けた第一歩となるだろう。

宇宙を平等と自由を象徴する場とするのであれば、その意思をきちんと反映させた宇宙開発を実践していくことが大切だ。

<画像クレジット>
ヘッダー、1枚目:Inspiration4 / John Kraus
2枚目:サイアンのTwitterより

もっと詳しく読む

この投稿は、宇宙産業の今とこれからをビジネスとデザインの視点から読み解いていくニュースレター「Leonov」のVol.1の転載です(9月12日配信)。興味を持たれた方は、下記リンクよりぜひご登録ください。毎月2回の配信を予定しています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?