常識と一般常識
最近、メルマガの読者さんから「常識と一般常識って違いますか?」という感じのご質問をいただきました。
両方とも「常識」なのですが、これを分けて使った方がよさそうです。「常識」という言葉はより広義であり、誰の常識かと狭めたものが「一般常識」。
あの人は、常識がある人だ。
あの人は、一般常識がある人だ。
この2つの文章があったときに、誰にとっての常識なのかが見えてきます。
前者は、「私にとっての」であり、後者は、「世間にとっての」だと考えられます。まあ……「世間にとっての」といっても、その話し手の主観が入っていることは間違いありません。ただ、その主観の度合いが多少は薄くなります。
何となくニュアンス……伝わりますかね。
つまり、一般常識とは、「世間一般の常識、世間の行動規範のようなもの」。だから、ここに反すると、怒られることが多い。場合によっては、罰せられたり、その社会で生きづらくなるように思います。
ただ……一般常識にだけ縛られても何にも楽しいことはありません!仕事をしていると「私の常識は、世間の非常識」なんてものがよくあります。
社会人なんだから、○○をやってはいけません。
学生なんだから、○○をしなさい。
男性なんだから、○○をしなさい。
女性なんだから、○○をやってはいけません。
こんな発言もすべて、常識がなせる技のように思います。
小さい頃から、常識人として育てられるので、常識を持つことが大事だと思い込んでいきます。でも、必要な常識、守らなくてもいい常識。常識には、この2つがあるのです。
常識の中に押し込めることによって、「みんな一緒」となって、安心できるようになります。みんながやっているんだから、あなたもやりなさい。みんなが白なんだから、白い服を着なさい。
そういえば、子供の頃のランドセルは赤と黒、それが当時の常識でした。今の常識とは大きく異なりますよね。
私もある部分は、常識人でありたいと考えます。
たとえば、赤信号を渡ってはいけないとか、飲酒運転をしてはいけないとか、ゴミ出しのルールを守るとか。こういったいわゆる社会の規範は守りたい。
でも、その一方で、どこかで非常識でいたいという気持ちもあります。
みんながやらないことをやることによって、新しい道が拓けることもあります。あるいは、みんながやらないことであっても、それをやることで、自分が幸せになれることがあります。
ひとに迷惑をかけない常識の範囲であれば、もっと自分の心に素直に活動してもいいのになぁ。そう思う人に出会うこともありますね。
私の場合、常識的に考えたら○○ってやらないよね
っていうことをずっとやり続けています。
メール教育業の立ち上げでもそうです。
「メールくらい教育しなくても、みんな書けるよね」
こんな常識のようなものがありました。でも、やってみたら、これが盛況になっていく。
やはり、昨日の話じゃ無いけど、常識に縛られすぎないのが大事ですね。
もっと常識の壁を破ってみませんか?
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