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匂い

数々の化粧品や香水が売られる、百貨店の1階。
私は、あの香りが苦手だ。
鼻の奥を突き刺されるような、喉の奥が焼けるような感じがする。
用はないが、化粧品売り場を通らなければならないとき、少し息を止めて足早に進むようにしている。

私はどうやら、匂いに敏感なようだ。
しかし、なんでもかんでも駄目というわけではない。
化粧品は化学物質が含まれているから苦手なのだと思っていた。
しかし、オーガニックである精油も苦手だ。やはり化粧品と同じで呼吸器官に突き刺さるような感覚があり、咳き込んでしまうこともある。
一方で、線香やお香の匂いは平気だ。むしろ、好きなくらいだ。線香の香りは、幼少期に何度も訪れた田舎の祖父母宅を思い出す。

アジアのストリートの匂いも好きだ。
スパイスと土埃、人間の汗、動物の匂いが混ざったあのなんともいえない香りはワクワクする。
ここ数年は日本も猛暑が恒例となり、アジアの匂いを感じることがある。茹だるような暑さの中に、少し興奮を覚える。

ふとした匂いから過去の記憶が鮮明に呼び起こされることがある。
嗅覚は五感の中でも、記憶をつかさどる脳の海馬に直接信号を送ることができるといわれている。
これは、古代人間がまだ野生に生きていたころ、獣の匂いをすぐさま察知して身を守る本能に起因しているという。
科学的には「プルースト効果」と呼ばれ、マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』に出てくる「マドレーヌが焼けた匂いとともに昔の記憶が甦る」のフレーズに由来している。
初めてのキスとレモンの香りがセットになっているのも、プルースト効果といえるだろう。

強い香りが苦手な私にとっては、無臭が一番心地いい。
匂いがあるとしても、変につくられた香りより体臭や堆肥の匂いの方がまだマシだ。
無臭の世界では香りと記憶が結び付かず、なんとも寂しい限りだ。
それでも、気になる匂いを日常から消していくことが、私にとっての快適な過ごし方なのである。

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