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イマーシブとマジックは相性抜群

エンタメ業界 界隈でいま注目の"イマーシブ"(immersive)という言葉をご存知でしょうか?
日本語で言うと”没入感”。
東京お台場の「ヴィーナスフォート」の跡地に「イマーシブ・フォート東京」なるテーマパークも先月(2024年3月)オープンしたので、いま初耳という人も覚えておくと、今後あちこちで聴かれるようになることと思います。

さて、このイマーシブなエンタメは、「その世界に入り込んだような」感覚を特徴にするということで、演劇であれば、舞台と客席の仕切りがなく芝居の中に客を参加させたりするようなものが代表例です。
他にも最近 ”イマーシブ”という売り文句を使うエンタメにはいろいろありまして、ゲームや本の謎解きを現実の世界で行わせる体験型謎解きイベントや、映画やテーマパークでのVR体験だったり、美術の世界に没入したような感覚を味合わせる美術展示などもあります。マジックの世界でも、早速このイマーシブという売り文句を使ってマジックショーを作ったのがジョシュア・ジェイさんです。そのショーの動画も販売されているので見ることができます。(*後注)

ところで、このイマーシブというコンセプトは、マジックとの相性が抜群です……というか、観客との直接のやりとりがあるクロースアップマジックやそれに近いようなサロンマジックは、まさに元々からイマーシブといえるのじゃないのだろうか言うのが、私の考えです。

まず「ステージ上のマジシャンを客席に座って見る」のはあきらかに演劇的な体験といえます。今の流行語でいっている”イマーシブ”というものではない。ところが「近くでカードを1枚抜かせたり、観客と直接会話を交わすマジック」というのは、演劇というよりは「現実に魔法使いがいる世界」をそこに現出させ、作り物の世界(異世界)に観客を没入させていると言えるのではないかと思うのです。

この、魔法とか超能力、メンタリズム、危険術等々のありえないことを行う人間が実在する異世界を体験させられる人がマジシャンだと言えないでしょうか。
マジックというものが、VRなどの最新の機材や特別に組まれたセットなどがなくても、どんなところでも、超人が存在する異世界を作り出し、観客を没入させられる芸能と捉えるという視点は、なかったような気がしますが、そう考えるといろいろ面白いような気がしてきました。そして、どうも昔は私自身も現実と嘘を混ぜたような演出も好きであったのを思い出しました。

40年も前のことですがこんなセリフでカードマジックを始めていました。「新宿の紀伊国屋の地下にカトレアという喫茶店があってね、そこで珈琲を飲みながらトランプマジックの練習をしていたんです。そうしたら見知らぬおじいさんが近づいて来て……」と、ダイ・バーノンの『片腕のギャンブラー』を演じる。一般的な物語マジックとしてではなく、紀伊国屋とかカトレアとか、かなり具体的な現実感を入れて楽しんでいました。
また、宴席で「今日はなんの準備もなかったもので……すいませんが新聞紙ってあります?」と会場の人に新聞をもらって(実は前もって渡しておいた)「水と新聞」を演じるなんていう方法を試したことがあります。

その後だいぶ経ってからですが、仕込みのあるテレビのストリートマジック演出なんかもはじまり、自分ではそういう現実と演技の世界をはっきり区別しないような演出は避けはじめていったのですが、今から思うと、現実と演技を混ぜてしまうような演出はイマーシブに近く、実は嫌いではなかったのかもしれないと思った次第です。

というわけで、いま日本でも、体験型謎解きイベントや、トリック効果を使った芝居の分野の企画や指導などの裏方や、出演で活躍しているプロマジシャンの方々もおられますが、エンタメの世界では、イマーシブ演出については一歩進んだ技術やアイデアを持っているのがマジシャンなのです。

また、近年のメンタリズムの隆盛も、作られたものから現実感っぽいものへの興味の強まりと関連があり、エンタメでもより現実感のある世界にイマース(没入)したいという観客の嗜好の反映と思っています。

2024.4.3記

後注:
『シックス・インポッシブル・シングス by ジョシュア・ジェイ』
 流行りの体験型イベント風のアプローチのマジックショー。
 スクリプト・マヌーヴァさんが字幕をつけて演技動画だけを販売(またはレンタル)しています。

<CM>
使えるセリフワーキングメンタリズム『SO3(ソースリー)原理の研究』


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