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上方歌舞伎って何?

先日、四代目坂田藤十郎さんが亡くなられました。

ここ最近は年齢もあり、あまり舞台に出られていなかったため、私自身観る機会は多くなかったです。しかし舞台に出ると、場をぐっと引き締まり、作品の世界に引き込まれる感覚でした。

初めて歌舞伎座で歌舞伎を観た時に、藤十郎さんの当たり役・お初を観られたのは本当にラッキーでした。唯一知っている作品(「曾根崎心中」は授業で習いますよね)であったのもありますし、ラストを知っているのに感情移入してしまいました。

さて、このニュースがメディアに流れた時、必ずセットで出てきたのが「上方歌舞伎」という言葉

普通に暮らしていたら、まず出会わない言葉でしょう。私も歌舞伎を好きになってから知りましたし、父にも聞かれました。

今回は「上方歌舞伎とは何ぞや」というお話をしたいと思います。

上方歌舞伎は関西で発展した歌舞伎

江戸時代、歌舞伎は江戸と京都・大阪で、それぞれ発展をしていきました。それぞれ、「江戸歌舞伎」「上方歌舞伎」と言います。

興行や演目の形態などの違いがありますが、今回は芸風について取り上げましょう。

「江戸歌舞伎」は初代市川團十郎がつくりあげた「荒事」を原点としています。「荒事」は字の通り、荒々しく、勇壮な芸が特徴です。

「歌舞伎」と言われて、多くの方が想像するイメージは「荒事」です。赤や青の隈取をして、派手に見得を切って、花道を六方(「勧進帳」の弁慶がやってるアレ)で駆けていく。「力強さ」を大きく表現する芸です。

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一方、上方歌舞伎は、江戸・元禄期を代表する役者、初代坂田藤十郎が確立した「上方和事」を原点としています。

「荒事」に対して「和事」、なので「やわらかさ」を重視しています。「はんなり」と言った方が想像つくかもしれません。

※江戸にも「江戸和事」がありますが、ここから言う「和事」は全て上方のものです

和事の代表的な表現

「和事」の代表的な表現に「やつし」と「つっころばし」があります。

まず「つっころばし」は、「つつけばすぐに転びそうな軟弱な男」のこと。つまり優柔不断で、甲斐性も根性もない男です。多くは商家の若旦那(おぼっちゃま)で、恋人に首ったけ。でもいざという時に、「どうしよ~~」とオロオロしてします。女は心中も夜逃げも覚悟しているのに、男は…。哀れだけど、どこか滑稽でさえあります。

「やつし」は、身分が高い人が落ちぶれた様を描きます。有名なのが「廓文章」に出てくる伊左衛門。

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伊左衛門は豪商の息子でありながら、夕霧太夫にぞっこんのあまり、家から勘当され、無一文に。そのため、「紙衣」という和紙を張り合わせて作った着物を着ています。彼の紙衣は、夕霧からのラブレターで出来ています。大好きだな~~

襤褸を着ても、滲み出るイイ男の香り。その色気と愁いに、観客は酔いしれます。ダメ男・女にハマる気持ちが分かります。

その他、和事の代表作には「封印切」の忠兵衛、「心中天網島」の治兵衛、曾根崎心中の徳兵衛(お初の恋人)が挙げられます。市井を舞台にした恋愛模様を描くので、「和事」は歌舞伎初心者でも観やすい作品でもあります。現在で言えば、火曜ドラマの枠ですね。

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「曽根崎心中」左が藤十郎さんのお初

四代目坂田藤十郎さんって何がスゴイの?

ニュースを見てると「人間国宝」「当たり役・お初は上演回数1300回以上」と言われてますが、イマイチ何がすごいのか分かりづらいでしょう。

藤十郎さんの大きな功績と言えば、やはり「上方歌舞伎の復活と発展」でしょう。

実は上方歌舞伎は、戦後、一時期存続の危機がありました。

戦前までは、東京と大阪でそれぞれ看板役者がいて、興行をしていました。しかし、空襲による街の被害や戦中~戦後に名優が次々と亡くなられたことにより、観客が一気に減少。またテレビの普及や東京への一極集中により、上方歌舞伎特有ののんびりとした芸が受け入れられにくくなり、役者も東京へ。

関西の歌舞伎を残そうと奮闘もありましたが、うまくいかず、現在のような「関西での興行は年に数回」という形になってしまいました。

現在、上方歌舞伎を純粋に受け継いでいるのは、坂田藤十郎さんの山城屋さんと、片岡仁左衛門さんの松嶋屋さんのみです。


扇雀さん(当時の名跡)が父・鴈治郎さんと上演しブームを起こした、近松門左衛門の「曾根崎心中」は初演直後に数回上演された後は、長く再演がありませんでした。実はこの2人が上演したのは「復活上演」。それが大ヒットし、人形浄瑠璃も数年後に復活しました。
歴史で必ず出てくるのに、70年前までほとんど上演されてなかったのは驚きですね。

鴈治郎の名を継いだ後も、上方歌舞伎の中心として様々な演目に出演。また復興プロジェクトも推進しました。その功績が認められ、2005年に上方歌舞伎の大名跡「坂田藤十郎」の名跡を231年ぶりに復活させました

ここ数年はほとんど舞台に出ませんでしたが、後進の育成に力を注いでいました。彼の芸を生で見ることはできませんが、しっかりと次代が受け継いでいます。

歌舞伎オンデマンドで藤十郎さんの出演作品をやってくれるといいのですが…どうでしょうかね。

NHKでは追悼番組を4本行う予定です。
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12168-11180687/


これまでのご活躍に感謝の意を示すと共に、上方歌舞伎の今後を末永く見守りたいと思います。


〈参考文献〉
「戦後歌舞伎の精神史」渡辺保 講談社
「歌舞伎・文楽の見方が面白いほどわかる本」七海友信 中経出版
「マンガでわかる歌舞伎」漆澤その子(監修) 誠文堂新光社
歌舞伎on the web https://www.kabuki.ne.jp/


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