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第529歩『これは水です』デヴィッド・フォスター・ウォレス、阿部重夫訳、田畑書店

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本、そしてグラスいっぱいの水


 2005年、アメリカのケニオン・カレッジの卒業式に一人の作家が、卒業生にはなむけの言葉を贈りました。その人とは、ポストモダン作家として天才と謳われたディッド・フォスター・ウォレス氏です。この本は、その時のスピーチを記録したものです。そしてこのスピーチは、彼の生涯の中で、ただ一度だけ大学の卒業式で行ったスピーチなのです。

 2005年といえば、アップルの創業者スティーブ・ジョブス氏がスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチが有名です。その同じ年に、ウォレス氏は語っていたのです。2010年タイム誌で、ジョブス氏のスピーチを凌いで、全米1位に選ばれた卒業生スピーでもあります。

 ウォレス氏はスピーチを通じて「誰でも自分のことを最優先に考える」ことの深刻さを訴え、その状態を人間の「頭の初期設定」と表現しています。その設定は強固であり、簡単に書き換えられず、人間はあらゆるところで「誰でも自分のことを最優先に考える」ために様々な問題を引き起こしていると警告しています。

 「頭の初期設定」をリセットするために、ウォレス氏によれば、本当の自由を手にしなくてならないというのです。

 ほんとうに大切な自由というものは よく目を光らせ、しっかり自意識を保ち 規律をまもり、努力を怠らず 真に他人を思いやることができて そのために一身を投げうち 飽かず積み重ね 無数のとるにたりない、ささやかな行いを 色気とはほど遠いところで、 毎日つづけることです。

(p129)

   私たちは自分の脳の初期設定について自覚できていないでしょう。実際以上に自分が意識で言動をコントロールできていると考えているように思えます。仮に自覚できたとして、ウォレス氏の言うその設定をどうすれば変えられるでしょうか。

   人間は語る動物です。語るとは理屈をこねることです。だからその初期設定をいろんな理由を持ち出して正当化するのは得意なのです。ウォレス氏のいう頭の初期設定のまま考えたり、行動したりしても、自分ではそう思っていない。

   ウォレン氏のスピーチは、「本当の自由」を手に入れるために、地道な努力が必要だと教えてくれます。まずこの本から大きな絶望を感じるのが出発点になるのでしょう。そこから気の遠くなるような努力を目指せるかが、本当の自由を求める道のように思えるのです。まるで虹を追いかけるように。


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