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テナントユニオンとは何か?

テナントユニオンって?

 テナントユニオンとは一言で言えばテナント(賃借人)の権利を擁護する団体だ。テナントをエンパワーし、公正な住居環境を自らの手で勝ち取ることを目的としている。普段はそれぞれの生活を送り、バラバラのテナントだが、みんなでまとまり組織化することで家主の恣意的な家賃値上げや強制退去命令に対して対抗することができるようになるのだ。近年、イギリスのACORNやアメリカでいくつもの支部を誇るLATUをはじめ、テナントユニオンの活動は広がっている。

 今回はそんな流行りのテナントユニオンの一つ、主にボストンで活動するGreater Boston Tenant Union (GBTU)の活動について紹介する。


どういう活動行っているのか?
 GBTUは普段から様々な物件を組織化する活動やEviction Defence(多くのテナントが集まり、実力行使で不当な強制退去を阻止する)の手伝いなどの活動を行なっている。今回はある物件を組織化するためのアクションに参加した様子をお伝えしたい。各物件は2〜3人のオルガナイザーが担当して組織化の手伝いを行なっている。

 10月の下旬のある大雨の日に訪れたのは組織化の試みを始めたばかりの物件の一つだった。それはボストンの南の地区で、移民や人種的マイノリティ、白人貧困層が多く住んでいる地区だ。最寄り駅から車で15分ほどぐらいで着いたら、まず一度訪れたことのあるオルガナイザーに事前に物件の杜撰な管理状態について聞いた。

 基本的な情報について知った後、その日のドアノッキングを開始した。テナントのドアをノックし、一人一人に話しかけながら、住居にどういう問題があるのかを聞いていった。特に今回組織化を試みようとしている地区には移住労働者(今回はハイチからの移民が多かった)や黒人コミュニティが多いため、信頼関係を築いていくのがとても大事だ。特に行政や白人中心の「支援団体」に不信感を持っている人も多いため、まずは信頼関係を築くことを重視する。日常的な雑談などから会話をはじめ、自分たちのテナントユニオンの活動について少し紹介するのだ。

 もちろん、住人の多くは英語が不自由な人が多い。そのため、テナントユニオンのオルガナイザーにはスペイン語をできる人やハイチ語(クレオール語)がいる。住人と信頼関係を築いていくためにもその住人の母語が話せる人がいるのは重要だ。もちろん、みんなが複数の言語を話せるわけではない。そこで、相手に対して最低限のことを伝えるために事前に様々な言語でのチラシを用意したり、google翻訳の読み上げ機能などを使って意思疎通を図るのだ。

 各テナントと話していく中で、次第にその物件の極めてずさんで不衛生な管理状況が明らかにされていった。ネズミが頻繁に出て、ネズミの糞が廊下に何週間も放置され、衛生環境が悪いことや、壁のカビや天井からの水漏れがずっと地主によって放置されることがテナントの間では問題となっていた。しかし、多くの住人は英語が不自由なことや育児や労働で忙しいこと、そしてそもそも誰に相談したらいいかわからないことからこの問題を放置せざるを得ないとも語っていた。(以下、実際の物件の写真)

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 また、悪質な住居環境以外にも、地主は部屋を借りるために一年分の預金をしなければならように決めている。これは1年間そこに住み続けない限り、戻ってこない預金だ。しかしこれでは悪質な環境から退去したくてもできない。そこでこの一年分の預金の決まりも今後テナントが問題化する争点となっていく。 

 こういった事情を聞いた後、その物件のテナントを入れたwhatsappのグループチャットに入れていいか聞く。グループチャットを通して建物の状態について聞いたり、またテナントどうしでも問題について共有することができる。

 このようにテナントユニオンはテナントの話を聞いてまとめたり、グループチャットを作っていったりするが、テナントユニオンの最終的はあくまでもテナント自身が主導して物件のテナントを組織化し、その管理状況を問題化していくことだ。その意味ではこのグループチャットはテナント同志の最初の連絡、連帯のための手段となるのだ。バラバラになっているテナントが自分たちでまとまり、建物の住人全員を自ら組織化し、地主に対抗できるようにするのがテナントユニオンの役目だ。


 物件への訪問を何度か行い、そこの住人たちの問題について情報が集まり、住人の中でも何人かテナントユニオンの活動に積極的に参加する人が出てくると、次の段階へ移る。建物の問題を解決するために地主に対してどうやって対抗し、テナントの要求をのんでもらうかをみんなで考えていく。そこで建物の住人を集めて集会を行うのだ。テナントユニオンのメンバーはあくまでファシリテーターの役割に徹し、住人自身がオルガナイザーとしてアクションの計画を進めていく。

 それまでは皆バラバラで声をあげるのが難しかった住人自身が集まるといだけで、多くの場合地主はビビって問題に解決に急ぐが、そうではない場合は地主が動くように圧力をかけ、地主とテナントとの間の不平等な力関係を変えなければならない。例えば、レントストライキを行うなどによってだ。住人の一定数が問題が解決されるまで家賃を払うのを一斉に拒否する、ことで家主は住人の要求を飲まざるを得ない状況に持ち込むのだ。だが、これはもちろんリスクも伴うため、あくまで最終手段だ。特に不安定な在留資格のもとで生活している人に対して安易にレントストライキをしようということはできないのだ。

テナントとしての勝利から継続的に活動するメンバーへ 

 住居ごとで問題を解決したら、それで終わりなのでは?悪い地主の住居を全部組織化しないといけないなんてモグラ叩きのようでは?それって本当に社会運動?と思う方もいるかもしれない。

 だが、各物件の闘いはより良い条件を勝ち取って終わるだけではない。そこで活動に参加した住人がテナントユニオンに加入し、他の物件を主導的に組織化するオルガナイザーとなってゆくのだ。実際、僕が参加したテナントユニオンのメンバーのほとんどは自身がテナントとしてまず活動に参加するようになった、と言っていた。このように、建物の組織化に参加して住人自身がオルガナイザーとなることで、次第に持続的な活動団体としてテナントユニオンは発展していく。


テナントユニオンの活動で広がるレントコントロール
 そしてそれだけではない。それぞれのテナントユニオンが活動を広げて、テナントユニオンが大きな力となっていく中でレントコントロール(家賃規制)などを実現していくことができる。テナントユニオンの活動の拡大を背景に、実際NYの一部では家賃の値上げできる上限を法的に定めた「レントコントロール」を法案として通すことに成功した。そこでは毎年地主は1〜2%程しか家賃を上げることができない。家賃自体は市場に左右されるが、地主が恣意的に家賃を上げることを阻止することをこの法律は目指している。

 また、これらレントコントロール法案の多くはテナントの契約更新(次の年度の契約の)の権利を保証する。これで地主はテナントの契約延長を恣意的に阻止することができなくなる。これによってテナントも思う存分にテナントユニオンで地主に恐ることなく公正な住居環境を勝ち取るために活動することができるのだ。


 また、レントコントロールは住居の供給に対してほとんど影響を与えない上、家賃が高騰するのを防ぎ、ジェントリフィケーションによるマイノリティの強制退去に対抗するための重要な手段ともなっているのだ。


 そしてこの傾向はアメリカだけのものではない。レントコントロールそのものではないが、昨年、ベルリンでもテナントユニオンが主導した住民投票が可決され、3000以上の物件を保持している大手不動産・地主から物件を取り戻すことに成功したのだ。


ますます重要となってくるテナントユニオンの活動
 2022年になり、テナントユニオンの活動はこれまで以上に重要なものとなっている。というのも、現在ではかつてのように生存権を補償する公営住宅などが欧米においてさえ少なくなり、私たちはこれまで以上に多くの所得を家賃の支払いに費やしているからだ。(アメリカの家庭の約半数ほどが所得の3割以上を家賃に払っていると言われている)そしてこのような状況においては不動産はますます他の金融商品と変わらない投資の対象となり、私たちが生み出す価値がますます家賃や負債などに対する支払いとして吸い上げられているのだ。このような状況に抵抗し、全ての人の生存権が保証される公正な住居環境を確保するための拠点をテナントユニオンは提供するのだ。


【参考】
https://bcgavel.com/2021/09/08/an-inside-look-at-greater-boston-tenants-union/

https://www.jacobinmag.com/2021/08/landlords-rent-control-housing-markets-tenant-renter-power-organizing-evictions-politics-legislation

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