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ヘイトウォッチとは何か〜イギリス反差別団体の活動から学ぶ

はじめに

 最近、日・英で二つの共通する事件があった。8月6日、日本で起きた小田急線殺傷事件と8月12日イギリスで起きた乱射事件だ。どちらも女性を狙ったもので、その犯人は「インセル」と呼ばれる者であった。

以下、BBCの日本語版記事から引用:


「英南西部プリマスの住宅地で12日午後、22歳男性が約6分の間に5人を射殺した後、自殺した。イギリスでは2010年以来、最悪の乱射事件となった。
デイヴィソン容疑者が事件前に最後にソーシャルメディアに投稿したとみられる11分の動画で、容疑者は自分が社会的に孤立し、女性と知り合うのが難しいと話していた。さらに、「インセル(incel)」という表現を繰り返し使った。
「インセル」とは「involuntary celibate(非自発的に禁欲・独身)」を意味するようになった略語で、最近ではオンラインで集団になって女性を攻撃したりする男性たちを表すこともある。そうした「インセル」が実社会で暴力行為に及んだ事件も、世界各地で起きている。」

 しかし、これらの事件においては決定的な違いがあった。日本の事件では、容疑者が「6年ほど前から幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思うようになった」と発言しており、明確なセクシズムで女性を狙った殺人であったのにもかかわらず、報道では「無差別殺人」として報道された。

 一方、イギリスの事件では事件直後からすぐに乱射事件を起こした人物がセクシズムを煽るにインターネットフォームに参加し、いわゆる「インセル」と自称していたことがすぐ明らかにされ、問題化された。それ以後、イギリスではこれを単に「社会的に孤立」した人物の問題ではなく、この様なセクシズムに基づく犯罪がいかに可能となったかが探求されるようになった。

 では、この違いはどこからくるのだろうか?その大きな理由の一つは、普段から差別を記録し、調査し、可視化する「ヘイトウォッチ」にあると思われる。

 そこで、今回のnoteでは主にヘイトウォッチに関するイギリスの反差別団体の活動を紹介し、その重要性を示していきたい。


ヘイトウォッチとは?

 反差別団体によってずっと行われてきた最もオーソドックスなヘイトウォッチとしてまずあげられるのが反差別団体による市民社会の深刻な差別(いわゆるヘイトクライム)の調査と記録だ。現在、欧米の多くの国ではこの調査と記録の多くは行政によって行われるようになっているが、これは元々反差別団体が行なってきたものだ。

 それゆえ、現在でも反差別団体は行政の調査から抜け落ちる差別(例えばイスラムフォビアや昨今のアジア系への差別など)を調査、記録し、問題化している。

 例えば、イギリスでイスラムフォビアを調査、記録する団体としてTellMamaがある。TellMamaはイスラムフォビアの事件を通報する独自のフォームやホットラインを設けており、何らかの理由で警察に行けない(非正規移民である、など)場合でも自身の受けた差別を通報することができる。

 これらの差別実態調査・通報から得た調査結果は類型ごとに分けられ、研究者、活動家がなぜ、いかにしてこの様な差別が行われたのかを分析する。ヘイトクライムの調査・記録は差別を可視化するための第一歩だと言える。


反差別団体 Hope Not Hate

 この様なヘイトウォッチを行なってきた最も代表的な反差別団体の一つとして、Hope Not Hateがあげられる。Hope Not Hateは2004に設立されて以来、さまざまなヘイトウォッチ活動を行なってきた。元々はイギリスの極右政党、BNP(イギリス国民党)に対抗するために設立され、差別に反対するコミュニティオルガナイジング(学校、地域施設などのコミュニティにおける反差別教育、研修など)に力を入れていて、地方選挙でBNPの票を削るために大きな役割を果たした。

 近年では研究者を雇い、オンライン上のヘイトウォッチにも力を入れ、イギリス屈指の反差別ヘイトウォッチ団体となっている。(労組からの資金援助や寄付金によって事業を行なっている)


極右団体への潜入

 Hope Not Hateは実際に極右団体に潜入する活動なども行なっている。数年に渡り、極右団体に潜入し、団体員やリーダーの信頼を獲得し、最終的にはその団体構成員の名簿、団体や活動家がどういう政治家や企業家などと関係があるか、資金源はどこなのか、などの情報を割り出すが目的だ。

 Hope Not Hateは現在、イギリスの全ての極右団体に活動員を送り込み、情報を得ているという。

 近年、イギリスでニュースになった事例としてはHope not Hateの潜入員が極右団体 National Actionに潜入して、結果的にその団体のメンバーによる国会議員暗殺計画を阻止したケースがある。また、それ以外にもHope not HateはアメリカのLoyal White Nights of the KKK という極右団体にも潜入し、メンバー270人の名前だけではなく、その中に現職の警官が含まれていたことも割り出した。

 極右団体に数年に渡り潜入し、1999年に起きたロンドンでの"Nail bomber"殺傷事件の犯人を特定した活動員についてのドキュメンタリーがnetflixに上がっているので、ネトフリ会員の方はぜひご視聴を。(Nail bomber: Manhunt https://www.netflix.com/title/81184731

 これはとても危険な活動ではあるものの、この様な活動があって初めて極右が大衆的に台頭することを防ぐことができるのだ。


 そしてHope Not Hateでは潜入・ヘイトウォッチから得た差別事例や極右についての情報を定期的にまとめ発信したりしている。
https://www.hopenothate.org.uk/2021/07/07/far-right-round-up-80/


SNS時代におけるヘイトウォッチ

 従来のヘイトウォッチ活動に加え、反差別団体はオンライン上でのヘイトウォッチにも近年力を入れている。オンラインフォーラムやプライベートグループに潜入し、オンライン上で活動している極右を特定したりしている。

 また、極右団体のオンライン上の活動だけではなく、「オルトライト」など、極右団体に所属していないが、ネット上で差別をミームとして伝播させる運動も監視の対象となっている。例えば4chanや8chanなど(日本の2ちゃんねるが起源)の匿名掲示板における差別煽動について調査し、記録したりもしている。今回のイギリスの乱射事件の犯人が「インセル」と自称していたことが判明し、かつ問題化されたのも、普段からネット上のヘイトウォッチが行われていたからだ。


Deplatformingという戦略

 上記のオンライン上でのヘイトウオッチの調査・分析を生かし、Hope not Hateやその他団体はSNSに対して差別を行なった者、特にインフルエンサーの永久凍結を求める、Deplatformingという戦略を追求している。それは極右のアカウントを凍結させることでその差別扇動の影響力を弱めることを狙う。また、サイトへの広告掲載やグッズ販売による収入を得ることを阻止することで、活動を継続することを困難にさせる。

 その最も成功した事例の一つとして、著名な極右、トミー・ロビンソンのFacebook、Twitter、Youtubeなどのアカウントを永久凍結させることに成功した事例があげられる。ロビンソンのFacebookアカウントはフォロワーが百万人を超え、大きな影響力を誇っていたが、2019年2月にアカウントを凍結された。その結果、2018年の夏には一万人近くの支持者を集め、デモを行なったところが、その翌年には路上で動員される者の数が数百人へと激減した。(もちろん、アカウント凍結が唯一の理由ではないが。)

 この様な永久凍結はSNS会社が自主的に行なったものではなく、その背景には広告引き剥がしや差別する者との提携を解消することを求めたりする反差別ボイコット・ダイベストメント運動の存在があった。(ダイベストメントの手法についてはMoving Beyond Hateでオンラインイベントを8/21に開催するので、気になる方はぜひご参加ください)

 この様なヘイトウォッチとDeplatformingの結果、イギリスの極右はFacebookやTwitterなどのプラットフォームから追われ、その代わりにより集客力の低いTelegramやWhattsappなどのアプリを使わざるを得なくなっている。(ロビンソンは2019年以降、急速に影響力が低下し、2021年には破産手続きを行なった。)



 以上、イギリスの反差別団体によるヘイトウォッチの活動を見てきた。

 差別禁止法がなく、差別事件が「差別」として調査されない日本だからこそ、イギリスの反差別団体の地道な取り組みから学ぶ必要があるのではないだろうか。



fin.


ヘッダー画像:
https://charity.hopenothate.org.uk/cardiff-chooses-hope-over-hate




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