ショートストーリー『深夜の不定期便〜Love Again〜』
これはケータイがまだなかった頃のお話。
今ではまず有り得ない話…かな。
《深夜の不定期便~ Love Again ~》
2年つき合っていた彼女と別れて、
もうすぐ1年になる。
その彼女からの電話 “深夜の不定期便” は、
半年ほど前から始まった。
別れた彼女からの電話 “深夜の不定期便” …
最初は、1本の「間違い電話」だった。
☎ベル3回
「はい、もしもし…」
「………」
「…もしもし?」
「…も、…もしもし…」
「はい」
「…あ、あれ?」
「え?」
「………」
「…もしかして…マユ?」
「あ、…うん。
あはっ、ま、間違えちゃった。
友達に、かけようと思って…」
「そうか…、
・・・元気?」
「うん、元気。…タッちゃんは?」
「ああ、元気だよ」
間違い電話で30分話した。
その間中、
彼女の声は楽しそうに弾んでいた。
…ホントに間違い電話だったの
だろう か…。
彼女からの電話は、その日から時々
かかって来るようになった。
1週間に1~2度位の割合だった。
しかし、それは決まって真夜中で…
ボクが夜型人間だってことは、
彼女はよく知っていた。
☎ベル2回
「もしもし」
「あたし…。
エヘっ、また間違っちゃった」
そんな調子で始まって、
30分ほどのおしゃべり。
やはり彼女の声は弾んでいた。
まるで、ボクたちのあの
“良かった頃” のように…。
もともと人付き合いがあまり得意
ではないボクは、今では恋にも
消極的になっていた。
彼女と別れた理由は、どこにでも
ある些細 な“気持ちのすれ違い”…
それの積み重ねの結果だった。
お互い様なのに、どちらも反省
しなかった。お互いが意地っ張り
だったんだ。
元彼女との、真夜中のささやかな
電話のデート。あれから新しい
恋を求めようとしなかったボクの
心の隙間に、フワッと爽やかな風が
吹き込んだ。
☎ベル1回
「はいっ、もしもし」
「ハイッ、あたし。元気だった?
久しぶ りだネ。
この一週間淋しくなかった?」
「何、ミョーに元気じゃん」
「元気元気。
タッちゃん、何してた今?」
「何って、特に…」
彼女はいつにも増して元気だった。
しかし、その元気は5分ほどで
いつものテンションに戻った。
それから彼女は、いつものように
日頃のグチをこぼし、それがまた5分。
ボクは二人が別れてしまった今もまた、
彼女のグチの聞き役だった。
彼女のグチは相変わらず他愛なく、
ボクは受話器を通して、微笑ましく
聞いていた。もちろん、ところどころ
に相づちを入れることを忘れずに…。
彼女はひとしきりこぼし終えると、
小さなため息をついた。
そして、しばらくの間があって…
「……タツヤ」
「ん?」
「………好き」
「えっ?」
彼女、マユの言葉はちゃんと聞き取
れた。だが、ボクはもう一度聞いた。
「…今、何て言ったの?」
「…やっぱり…、タッちゃんが好き!」
彼女は、泣いていた。
こんな時、ボクはもろい。
「ボクだって、
…一瞬だってマユのこと、
嫌いになったことなんかないよ。
出会ってからずっと…」
「…タッちゃん」
「ん?」
「・・・・」
「何?」
「…許してくれる?」
「何を?」
「今までのこと…」
「何のこと?」
「あたし、
タッちゃんのことわかろうと
しないで、なんか、いっぱい
ひどいこと言ったりした」
「……バカだな。
そんなの、ボクだって同じだよ。
お互い様じゃないか」
「あたし、あれからずっといろんな
こと思い返しながら、いろんな
こと考えたの。
そしたらね、そしたらタッちゃんに
いっぱい謝らなくちゃ…って、
…ごめんね」
「・・・マユ。
…マユ、ボクはそんなふうに思って
ないよ。きっと、ボクたちこうなる
ことが必要だったんだ。
全部自然な流れだったんだよ。
そしてまたマユは、ボクを好きだと
言ってくれた。
ボクも思ってたんだ、実は…、
ボクの方から言おうと…。
マユ、…ボクもキミが好きだ。
だから今、すごくうれしいよ」
「……タツヤ」
「ん?」
「……会いたい」
「ボクも、会いたい」
「ホント?」
「ああ、…おいで。それとも、
ボクが行こうか?」
「行っても、いいの?」
「あたりまえだよ」
「…じゃ、…行く」
「うん、待ってる。気をつけて」
「うん」
「あ」
「なぁに?」
「自分で、
ドア開けて入って来れる?」
「うん。…大丈夫」
「…じゃ」
「じゃ」
彼女はちゃんと覚えていた。
ボクの部屋の合鍵を、ボクに返して
いなかったことを。そしてなお、
捨てずにまだ自分で持っていたのだ。
電話を切ったら、頭の中をバラ色の
走馬灯が回り始めた。
彼女との思い出のシーンが、ぐる
ぐると脳裡を駆け巡り…、ボクは、
待っている時間がこんなにも楽しい
ものだということを今まで知らなか
ったことに気がついた。
どのくらいの時間が過ぎただろう、
真夜中の幸せな静寂の中、ドアに
微かな鍵の音が聞こえるまでに…。
そして次の瞬間、そのドアから、
もっと大きな幸せが飛び込んで来た。
…End
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