就職2002

就職活動中に「就職2002」という本に出会った。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784905582748

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自分自身が本当にしたいことは何なのか?いわゆる自己分析用の指南書だったが、総合大学の理工学部にいた自分は、実は心理学や国文学のような文系領域に興味があったこともあり、国内メーカー、ソフトウェア開発会社への就職をそつなく決める同級生を見つつ、結果としてシステムインテグレーターというIT業界に入った。理由は単純で①顧客との対話とITの両方に携われること。そして②1社にいながら色々なシステムに携われること。そして総合商社系というダイナミズムのDNAのある会社というのが現職の入社理由。

2006年から2年間米国シリコンバレー駐在の機会に恵まれる。駐在が決まってから慌てて英会話学校に通ったレベルなので、赴任当初は全く現場について行けずに、ぼろぼろに凹んで、先輩に会社紹介のなんども練習にすら付き合ってもらった。この「どん底体験」は今でもかなり働く上で大きな糧となっていて、多少の困難があってもこの体験と比べればなんてことないと思える。

帰国後にどういう仕事がつくれるか、作るべきかを考えて貪るように読書に耽っていた時期に出会った言葉がオープンイノベーション。なんだそれは? ヘンリーチェスブローの書籍を漁り、Innovation Funnelのイメージに出会い、驚いた。また日本経済は高度経済成長を終え、これからはきちっと真水で作り上げるモデルではなく、イノベーション、つまり失敗しても次へ次へと進む、シリコンバレー的発想が求められると。これこそ自分の宿命だと感じた。

当時はクラウドオーケストレーション、SDN/NFVなどのソリューション開発を担当していたため、クラウドアーキテクチャはソフトウェア制御のパワーを感じ、APIエコノミーの世界に興味を持つ。疎結合で構成された柔軟なアーキテクチャこそ、これからのシステムが目指す世界観であり、ひとりで参加したとある企業のSan Franciscoのイベントでビジネスチャンスを頂いた。
そこからソリューション開発の世界からコミュニティ創出に軸足を移し、社内ビジネスコンテストなどを経て、現在のコミュニティ創出拠点Innovation Space DEJIMAやオープンイノベーションプログラム策定などにつながり現在に至る。

いま、あらためて振り返ると何が自分の原動力なのか?ベクトルとして基本的に日本経済、後世の未来にそれなりに、こいつそれなりに頑張ったねと言われる仕事をしたいと考えている。高度経済成長期や人世代前の日本人が今の日本に土台を作ったように。

先日とある社外の先輩に言われた言葉。出向して携わっていた15年ほど前のある通信事業者の最大期200名規模のビックプロジェクトでご一緒した方で「昔から新しいことが好きだったし、五十嵐くんには今の仕事合っているよね。」実は就職2002を読んでいた学生の自分、ネットワークエンジニアをしていた自分、米国でベンチャーパートナーシップ構築をしていた自分、コミュニティ活動を立ち上げた自分、全て同じエンジンで動いている。

最近それをとても強く感じ、人間そんなに変わらないもんだな、と。

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