希望していなかった営業で学んだ社会人として当たり前のこと

営業にとって、重要なことは何だろうか。どのように仕事を進めていけば良いのだろうか。毎日、自問自答しながら過ごしていたのが、私の社会人1年目である。大学を卒業して、消費財メーカーに入社した私は、特に希望していたわけではないが、総合職として一般的なジョブローテーションに基づき、営業の部署に配属になったのである。消費財メーカーの営業の仕事は、主に自社商品を小売店等に売り込み、購入してもらうことである。小売店は、購入した商品を店頭に並べ、一般消費者等に販売することで利益を得るというに業界の流れになる。営業は小売店のバイヤーと商談するのが一般的である。もちろん基本的な仕事のやり方は、先輩に教えてもらえるが、営業として売り上げ目標を達成できるかどうかは個人の力量次第となるのは言うまでもないだろう。


営業職になって半年が経った頃には仕事内容も把握し、自分自身の売上を計算できるまでにはなった。しかし、優秀な先輩社員と比較すると、売上実績も含め大きな差があるのは事実であった。私は上司に相談したところ、複数の優秀な先輩社員と同行して学んで来いと言われた。特に優秀な2人の先輩に同行できたことが、後の私に影響を与えることになった。


1人目のA先輩は、私の8つ上で30歳。体育会系かつ関西人で、私が学生時代にイメージしていた営業マンを絵に描いたような人であった。まず商談に同行して驚いたのは30分の商談時間の内、約20分の間、一切仕事の話をしないのである。世間話からスタートし、A先輩の結婚式に向けての近況を報告し、バツイチの40歳男性であるBバイヤーの婚活話で盛り上がっていた。商談資料もA4用紙3枚だけで、内容は商品の販促提案が3つのみである。バイヤーからは価格交渉や提案内容への質問等はなく、即決で商談はまとまった。A先輩はバイヤーとプライベートでゴルフに行ったり、競合他社のメーカーの営業を集め、バイヤーと定期的に飲み会を開催したりと関係性を構築することに対して、非常に長けていた。関係性の構築と継続さえ出来ていれば、営業としての提案は非常に通りやすいと教えて頂いた。バイヤーは一日に何件もの商談を行っている中で、非常にストレスが少ないのがA先輩との商談時間ではないだろうかという印象を受けた。プライベートも知り尽くしており、何を求めているかも分かっている間柄なので、わずか10分の仕事の話に無駄が一切ないのである。


2人目のC先輩は、38歳で営業部のエース。同行する前から分かったが、商談に対する準備が圧倒的に違っていた。商談時に使用する資料は、A4用紙1枚に対して、提案したい内容を1つ記載しているのだが、その数が10枚を超えていた。商談時間は30分と聞いていたため、どうするのか疑問に思ったまま、同行させて頂いた。まずC先輩は、導入で無駄な話を一切しない。一般的なセールストークもせず、それぞれの提案内容について論理的に話していくのである。40代男性のDバイヤーは、それを聞きながら、わからないところに関しては質問をしたり、価格交渉をしたりし、提案内容を丁寧に検討していた。C先輩は質問内容に関しては別の資料で詳しく説明し、価格交渉に関しては提示できる金額をすぐに対応していたため、Dバイヤーは、提案内容に対しての可否判断は早かった。これはできそうでかなり難しい対応なのである。想定される質問に対し、口頭で説明するのならともかく、わかりやすいように事前に資料を準備するには時間もかかる。また、価格交渉に対しても、決裁事項は管理職が判断する事項のため、多く提案すればするほど事前の根回しが多く必要となるのである。
何より驚いたのは商談時間である。30分経った時点で商談できていた内容は6つである。そこで、DバイヤーからC先輩に対して商談時間の延長を依頼されたのである。最終的な商談時間は1時間30分となり、当初の予定より1時間もオーバーしていた。実はC先輩の後には他社メーカーの商談時間が30分刻みで設定されているため、常識的に考えるとありえないが、DバイヤーはC先輩との商談の方が重要だと考え、スケジュールを簡単に変更してしまったのである。スケジュールを変更する時点で、DバイヤーがいかにC先輩との商談を重要視しているかが伝わってくるだろう。C先輩は事前の準備を徹底的に行い、提案能力にも長けていたため、商談内容そのものでDバイヤーとの信頼関係を構築できていたのであろう。より多くの提案が通れば、営業での売上に繋がるのは明白である。


ここで注意したいは、ただ表面的な営業のテクニックを学び、まねることが重要なのではないのである。自分自身の営業としての腕を磨くことも大切なことではあるが、優秀な先輩方と同行して学ぶことができたのは、営業相手にとっていかに魅力的な営業ができるかどうかということである。営業相手を知り、自分の長所等を活かし、相手に合わせてカスタマイズすることで、相手の求めていることに合致させることが鍵となるだろう。先の例で考えると、Bバイヤーに対して、多くの提案資料を提示したり、Dバイヤーに対して、プライベートな話まで持ち出したりすることは、違う結果になる可能性があるだろう。営業にとっての目的は、売上目標を達成するということではあるが、そのアプローチ方法はいくつも存在し、より実現性が高い方法を模索し、実行すべきだと勉強できた。相手にとって、「素敵な人」=「魅力的な人」になることで目的の実現性が高くなるだろう。営業1年目で悩んでいた当時の私に、自分の営業手法を惜しげもなく教えて頂いた先輩方には非常に感謝するとともに、客観的に捉えると当時の私の求めていたことにあった指導をしてくれた「素敵な人」=「魅力的な人」とも言えるだろう。私も仕事上関わる人に対してはもちろんのこと、日常生活で関わる人に対しても「素敵な人」=「魅力的な人」になることができれば、人生が豊かになるのではないかと感じた出来事であった。

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