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【春秋一話】 10月 新型コロナと「キネマの神様」

2021年10月18日 第7114号

 9月28日、政府は全国27都道府県に発令されていた緊急事態宣言、まん延防止等重点措置を解除する方針を示し、今年4月から発令されていた緊急事態が9月30日をもって終了した。時間制限を残してはいるものの飲食店での酒類の提供についても解禁され、経済再開に向けた新型コロナとの共存が模索される新たな状況となった。
 最初の緊急事態宣言が首都圏などを対象として発出されたのは昨年4月7日、その10日後には全都道府県に対象が拡大、最終的に5月25日まで続いた。この間、特措法に基づき、公立学校の休校、外出自粛、催し物の開催制限、施設の使用制限などの措置が講じられ、経験したことのない災厄に対して予防法もなく手探り状態での行動抑制が行われた。
 影響が大きかった業種は多数あるが、映画、演劇などエンターテイメント業界も多大な影響を受けた。映画館の閉鎖により封切り映画が上映できないだけでなく、撮影も中断せざるを得なくなっていた。6月以降、順次緩和されたものの時期を外した映画を上映するわけにもいかず、多くの映画館でジブリ作品など過去の人気作品を上映して急場を凌いでいた。
 今年8月に公開された山田洋次監督の「キネマの神様」も新型コロナの影響を大きく受けた映画の一つだ。この映画は作家の原田マハさんが2008年に刊行した小説を原作とした映画である。小説は、主人公の円山歩がその父親の多重債務の原因となっているギャンブルと酒を強制的に辞めさせるため、もう一つの趣味である映画鑑賞だけを許し、自身も映画評論に関わりながら人生が思わぬ方向へ展開していくという物語である。
 山田洋次監督はこの小説を映画化するにあたり、現代の主人公たちの日常に加え、父親が若い時代に助監督として映画界に関わり、母親も撮影所近くの食堂の娘という原作にはない50年前の物語を加え、現在と過去とをシンクロさせるという脚本に書き換え、現代を舞台にした父親役を映画初出演の志村けんさん、若い時代を菅田将暉さん主演として撮影が始まった。
 撮影は昨年2月に過去の時代から始められ、その後に現代版の撮影に入る予定になっていた。しかし、3月に志村けんさんが新型コロナ感染により配役を辞退、その後に急逝し、撮影も中止せざるを得ない状況となった。志村けんさんの代役を沢田研二さんが演じることとなり撮影が再開されるが、度重なる撮影中断により予定は大幅に伸び、今年8月に公開となった。
 映画は円山歩が勤める事務所で2019年秋に日本で開催されていたラグビーワールドカップをテレビ観戦しているシーンから始まる。その後、現代と過去が交互に映し出されるが、現代の場面では、横浜港に寄港したクルーズ船のテレビニュースや、街中を歩くマスク姿の人々など、日を追うごとに新型コロナの感染が広がる様子を映し出す。
 終盤では、父が唯一の趣味として通っていた友人が経営する名画座も休館の影響で行き詰まっていくが、最後の場面では父親が「やはりキネマの神様はいるんだ」と思いながら終わる。
 この映画は松竹映画100周年記念作品として公開されたものだが、100年前といえばスペイン風邪の流行、アントワープオリンピックなど現代を彷彿させる出来事があった時代である。時代は変化していくものの自然に抗えぬ人間だが、映画「キネマの神様」では50年という時代をつなぐ神様、そして小説「キネマの神様」では家族を結ぶ神様が描かれる。
 さて、新型コロナの時代を経た現代を生きる我々にとって、明るい未来を描き出してくれる神様はいるだろうか。
(多摩の翡翠)

カワセミのコピー


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