「写真の創作」って何?(9)・・京都グラフィを観て
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭(2022年5月)で感じたこと。
軽井沢で企画している写真祭の参考になればと思い、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭にゴールデンウィークに言って来ました。
ここでは、報道写真の展示もありますが、アート系の写真が主となる写真際で、京都の美術館や古い町屋を会場にして、さまざまな工夫を凝らした展示で、写真をとても素敵に観せてくれました。
写真展をこんなに楽しめたのは初めての経験かもしれません。私が写真を観るとき思うのは、「この写真でどうしたかったの?」「何を伝えたかったの?」という問いかけです。その問いかけに対して、「・・・」というような場合は、その場からパス。「綺麗だね」という場合は、ちょっと止まるかも。インパクトのある写真に出会うと、なぜそのようなインパクトを感じるのか、上記問いかけを再度して、自分の中に生まれる思いを噛み締めます。
今回、印象に残ったのは、アーヴィング・ペン(Irving Penn)、ギイ・ブルダン(Guy Bourdin) 、マイムーナ・ゲレージ(Maïmouna Guerresi)の作品。
アーヴィング・ペン(Irving Penn)
https://www.kyotographie.jp/exhibitions/2022/irving-penn/
ギイ・ブルダン(Guy Bourdin)
https://www.kyotographie.jp/exhibitions/2022/guy-bourdin/
マイムーナ・ゲレージ(Maïmouna Guerresi)
https://www.kyotographie.jp/exhibitions/2022/maimouna-guerresi/
日本人作家の方々の写真も展示されていました。会場は、京都のあちこちに分散していて、それを巡るのも楽しいものです。
実行委員の方にもお会いし、実施へ向けての様々な苦労と意気込みを聞かせていただき、大変参考になりました。
写真の創作と被写体の創作
ここでの展示作品は大きく2つの傾向に分かれていました。被写体に手を加えないものと、手を加えた演出ものです。
私は、前者の方が好きですね。なぜなら、写真の創作において、被写体に手を加えてしまうと、創作の重点が被写体の創作に移行してしまい、写真の創作ではなくなってしまうと思うからです。
軽井沢フォトフェストへ向けて
現在企画している軽井沢フォトフェストに向けて、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭は大変刺激的で参考になりました。ただ、軽井沢フォトフェストは京都の写真祭と異なり、一般参加者の応募作品から選んだ写真を、ターポリンに印刷して野外展示することを基本とします。その概要は後ほど掲載しますので、ご期待ください。
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