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「金木犀の花言葉、何か知ってる?」

- 最後の最後に投げた質問はあまりにも空虚だった。
あるべき場所にあったはずの心、想い、願い。

いつしか金木犀の香りに溶け込んで風に靡いていった。

泣かずに笑おう。

掲げていた指標は今にも折れそうだ。

夢であってほしい、
明日になればまたいつものように
声が聞けるし、触れられるの。

そう願う頬に伝った涙。


全てを察するにはあまりにも残酷な時が流れる。
そんな私の横で相変わらず表情を変えない君。


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君の好きな花、私の好きな花。
口を揃えた瞬間、運命だと思った。


「金木犀」


そんなありふれた一致で運命を感じるくらい私たちは単純である。好きとか恋とかなんとなくわかる私たちだが、気づいたら落ちていたと言うにはまだ早かったのかもしれない。


「若い」という言葉は嫌いだ。
なんでも許される気がして怖くなる。

”過ちの一つや二つくらいどうとでもなるよ”
そんな言葉をかけられてトラウマになる人だって。


恋愛。恋人。若さというよりただただ未熟だった私たち。


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ある日を境に増えた喧嘩。
話し合いはおろか謝ることもままならない。


そんな冷えた関係に相反するように卓上のケーキは
ドロドロで温みを覚えていた。

眺めていたら今にも横たわりそうな生クリーム。
乾いた中身のないスカスカのスポンジ。
甘みが抜けきった酸っぱいだけの苺。


相反したと思い込んでいたケーキは

私たちの関係、心情、すれ違い

全てを具現化するように、


また若さゆえの恋愛だからこうなると私たちを
ひどく揶揄しているように見えた。

彼が買ってくるショートケーキ。
頬が落ちるような甘さと幸せを運ぶケーキ。

出会った頃は何気ない日に買ってきてくれたっけ。
手元のケーキと喜ぶ私の顔を見て不器用に微笑む君。             

私の、大好きな…でもその幸せは君ありきだったんだね。
いつからか喉を通らなくなって甘さすら感じなくなったの。

「…ごめんね」

緩みのある口元から出た想いはシンクに流れた。
カーテンの隙間から揺らぐ夕やけ。
静かに溢れた言葉を包み込んでは闇に消えていく寂しさ。
項垂れるように腰を下ろしては浅い場所で息をする。


そんな日々の繰り返しだった。


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「今度の休日行きたいところあってさ」


表情ひとつ変えない君。生返事すら曖昧だった。
私から誘うなんて何ヶ月ぶりだろう。

嘆きとともに座った鏡の前。向こう側の視線が突き刺さる。

外すことの多かったネックレスを不慣れな手つきでつけてみた。
記念日に彼がプレゼントしてくれたもの。
お祝いしたのも記憶の断片でなんとなく思い出せるくらい前のことだ。

メイクで飾っても哀れに見えてしまう、
その心うちを誰かに示唆されている感じがして苦しい。
頼りにならない握りつぶされたこころで小さく小さく祈っては優しい光を追いかけた。

”やっぱりそれ似合うね ”

そんな言葉を期待しながら。いつもより鮮やかさを纏う面。
おめかしというおめかしも久しぶりだから変に緊張する。
そういえば初めてのデートもこんな心地だったっけ。             (たしかあの日は甘いものが好きな私のためにクレープ…食べに行こうって言ってくれたんだった)
            

考え事をしている合間にも絶えず隣の部屋からは静かに開閉するクローゼットの扉とハンガーをかける音。君は今どんな気持ちで支度しているのかな。


「いつもの時間に玄関前ね」


そう告げた私は声が震えていたと思う。
取り繕う表情も強気な言葉も今にも崩れそうなほど脆い。

(わかってる、わかってる。)

何度も言い聞かせ家を出た。

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「ここ行きたかったんだ」

車を軽く走らせ、ついた場所は遊歩道。
無表情でつまらなそうな彼を横目にゆっくり歩く私。
少しだけ遠回りした道に咲く花。
甘ったるく今の私たちには合わない。

けれど懐かしさを覚える香りが
あたり一面を包み込んでいた。


「これ金木犀だっけ」


彼が急に思い出したかのように言い放った。
私は相槌だけ打って同じ方向を眺めた。
ここに長くいてはいけない。頭でわかっているのに。
ぐちゃぐちゃになった脳内を見守るようにたたずむ木々。


オレンジの鮮やかさに目を奪われ、


込み上げてきた想いの波
今にもこぼれ落ちそうな涙
ぼやけるような視界


彼の綺麗な横顔

ああ、そうだ。そうだったよね。
軽く息を吸い込み呼吸を整える。

「…金木犀の花言葉、何か知ってる?」

「謙虚、気高い人…あとそれから」

「…それからさ、私のこと好きだった?」

あまりにも突然。そう、突然。放った言葉に自分自身も驚いた。

彼は相変わらず無表情で
こちらには見向きもしないが、


その瞳の奥は少しだけ、
ほんの少しだけ以前の温かみが灯っていた気がした。

「…うん、」

詰まるような空気の中で降り注いだ花びら。
タイミングとは裏腹に出た笑顔。
からまった糸が解けた、この。この瞬間に。

全ての要素が私の胸を撫で下ろす。

「そっか、ありがとう。最後に来れてよかった。」

「あなたと来れてよかったな。」


言葉は空虚なのに満たされた気がした。
彼もなんとなく気づいていただろう。
出会った頃と変わらない相変わらずの私たち。
最後までお互い不器用だなんていつもの調子で笑えたら。


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君の好きだった花、私の好きだった花。
今年も目一杯咲いては散り、季節関係なく
人々の記憶に残す香りはさぞ強いことだろう。



いつの日かふたたび巡り逢えると信じて

さよならを告げる場所にここを選んだ。


”これから君の瞳に映る景色たちは
どうか鮮やかで綺麗でありますように”


募る願いの束を小さな花唇に託した。
私と君。金木犀。触れたら思い出す君との記憶。

それぞれにさよならを告げて -


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