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私が訪ねた怨霊の行方 愛人とマリーアントワネット

ほんとにあった怖い話5
王妃マリーアントワネットの恋と子どもたち

マリーアントワネットを逃そうとした罪で、恋人のスエーデン貴族フェルセンは全国に指名手配されてしまった。だが、彼は、つかまらなかった。
彼は、変装し、幾度も王妃を逃亡を試みた。すごいです。愛は不滅です。

彼らの恋は、(本物だったのだ!)と言われている。
日本でもそうだが、フランスでも、国王の結婚は跡継ぎを生むためであったから、
子供が誕生してからは、お互いに愛人を持ち、それに干渉することはなかった。

だが、フェルセンの試みも成功することはなく、ついに王妃はコンコルト広場で公開処刑されてしまった。
1793.10.16のことである。

それに先立ち、
ルイ王の方は、逃亡失敗後、逃亡がとても不可能なタンプル塔に幽閉された。
石壁の厚さ、3メートル、円筒のついた真四角で巨大な石造りの塔だった。
そして、1793.1.21 ルイ16世は処刑された。

幼い王子は1795年、幽閉のまま死亡、と伝えられたが、現実には行方不明、どこかにかくまわれ、身分を落して生き続けえたのではないだろうか!!

ほんとにあった怖い話です。

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