2017年 03月 07日

長い長い「大きな組織でのサラリーマン」生活を終えて、小さな会社や、個人の人たちと働く機会が出来て、驚くことがまことに多い。どっちが偉いとか、すごいとか、そういうことは抜きに、なるべく客観的に「相違点」を並べてみようと思う。

・ともかく頑張る
・ゴールがはっきりしていなくても頑張る
・自分の身体が限界でも頑張る
・ゴールは各自の頭の中にあり共有されない
・各自の頭の中のゴールに向けて各自が全力で頑張るところに、何か新しい期待以上のものが生まれると信じている
・そして時々は本当に生まれたりする
・でも、ほとんどは生まれなくてただドタバタとして、何ならトラブルに発展する
・とはいえ、一緒に頑張った一体感がそのいやな感じを軽く乗り越していく。
・最終的には、いやな感じは忘れることにして、楽しかったことだけを記憶する
・収支は「結果」であり、予め決められるようなことではないと思っている。
・収支に関する重要な決裁を責任者ではなく、現場に任せる
・任された現場は張り切って判断業務を行う。
・労働内容も対価も決めないうちから働き始める
・でも、お互いさまなので結果なんとかなる

そうなんです。そこには馴染みに馴染んだ「ホウレンソウ」とやらは、完全に後回しです。「おもんぱかり」が優先します。

物事を始めるときには責任者による会議での合意によって概要が決められ、現場に業務内容が説明され、収支とスケジュールが詰められて、経過は常に責任者に報告され、想定外のことが起きれば必ず責任者に相談して判断を仰ぎ、それでもトラブルが発生した場合はその原因と再発防止が検討され・・・・・・・

そんな世界にいたので、わからないんです。私には。なんなのだ。これは。
世の中の大部分は、こっち。
私が長いこと住んでいた世界は、何をするにも決まりがあって、決まりさえ守っていればとても自由で、出来ることは限られているけど、限られた中で十分に表現をすることも出来て、お互いにそれぞれの役割を担うメンバーを認め合い尊敬しあうことが出来た。と、私は感じていた。
が、もし、ここのみんながこの世界に住むことになったら、狭くて息苦しくて、生きている気持ちがしないのだろうなと思った。

慣れって不思議。幸せって、慣れること。なのかもしれない。ずっとそこにいるとわからないけど。

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