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さや香のコント「ヤクザと整体師」は「余白の美学」だと思う

本格的にさや香のファンになって数ヶ月経つが、「面白さ」を他者に説明するのはなかなか難しい。だが、なぜ面白いのか、どこが面白いのか、語ろうと試みてしまうのがオタクの性というものである。

7月17日、キングオブコント1回戦を観に行ったのだが、4時間近く計70組ほどのネタをぶっ通しで見たことによって、相対的にさや香の面白さが浮き彫りになってくるという不思議な感覚を味わった。(ちなみに4時間も見ることになったのは「再入場できない」からである。出られるけど入れない佐賀県のようなシステムで驚いた。)

よって今回はキングオブコント1回戦で披露した「ヤクザと整体師」に絞って、さや香の面白さを言語化してみたいと思う。
ちょうど世間は夏休みなので、オタクの自由研究として読んで頂けると幸いである。

キングオブコント1回戦は1組2分間、9〜18組連続でネタを披露する。
2分という制約のなかで、奇抜な設定の場合は特に理解してもらうための説明が必要になってくる。しかしずっと説明しているわけにもいかないから、ネタに織り込もうとするとツッコミが説明的になりがちである。設定や発想は面白いのに結果としてあまり笑えなかったネタは、そこが引っかかってしまった。
文学作品を読んでいる感覚に近いかも知れない。
場面や登場人物の行動を文章で懇切丁寧に説明されると、かえってストーリーに没入できないことがある。

では、なるべく説明せずに設定を理解してもらうにはどのような工夫が必要だろうか。
大掛かりな舞台装置や背景は使えないので、衣装や小道具で何とかするしかない。
制服を着ていれば学生、白衣を着ていれば医師、など、衣装は人物設定を表す記号として非常に雄弁である。
とはいえ、ただ衣装を着ていれば良いというわけではない。学生や医者を演じるのであれば当然、なりきる必要がある。

そこで重要なのが「演技力」ではないだろうか。

そして演技力こそ、さや香の強みの一つではないかと思う。
さや香のコントでも、衣装はもちろん有効活用されている。新山の柄シャツにスーツ、サングラスという出で立ちだけでヤクザだと分かるし、石井の眼鏡を掛けチェックシャツをインしてリュックを背負うスタイルはオタク的な大人しい人物に見える。

そこに、新山の重心を傾けた立ち方やガラの悪いセリフ、石井の少し猫背になった歩き方や暗い表情が加わることによって、キャラクターの解像度と説得力がグッと高まるのだ。
最初にそれぞれのキャラクターを印象づけることで、後の展開とのギャップが生まれる。

キャラクターになりきる、キャラクターが憑依する、という点で、石井は天才だと思う。

"ヤバい"人物を演じているはずなのに、確かにそこに存在しているのだ。そう思わせてしまう妙な説得力は、その人物にとってはそれが当然なのだ、と押し通す強さがあるし、どこか恐怖すら感じてしまった。
2分になったために、劇場では小ネタとして散りばめられていた背景情報が最小限に削ぎ落とされていたので、却って「大人しく見えるが当然のように暴力を振るう人物」に映っていたのだが、不思議と説得力は増したように感じる。
おそらく説明がないことで、説明するまでもない「当然」の行動であることが強調されたのだと思う。

日本画の世界には「余白の美学」という観念が存在するという(高階秀爾『日本人にとって美しさとは何か』より)。簡単にいうと、背景を絵で埋めるのではなく、「敢えて余白を作ることによって主役を際立たせる」というものである。
石井の演技はこれに近いのではないか。

「演じていない」かのように演じることで、キャラクターの狂気を際立たせているのだ。 

これは石井がボケの漫才にもいえる。
新山は2022年M-1後のインタビューで、
"僕が相方に求めていたのは笑われてしまうボケ。変な言い方をせずに、自然に言うだけでいい。その方がリアルな感じが出て、おもしろいんです。"と言及している。https://number.bunshun.jp/articles/-/856862?page=3

同記事で石井自身は
"今まで、そういうボケをやったことがなかった。なので、できているかどうかは今も探りながらという感じです。"と話しているが、2年間でより磨きがかかっていると思う。

さて、「演技力」において重要なのはセリフ回しだと考える人は少なくないと思う。私もそう思っていたのだが、少なくともコントにおいては不十分だと感じた。セリフは滑らかなのに表情に変化が無いと登場人物の感情が見えないし、笑えるはずのセリフも笑えなかった。
その感覚が正しければ、演技においては表情が重要な鍵を握っているということになる。

表情の豊かさにおいて、新山は天才だと思う。

ヤクザと整体師においては「イイね〜!」の表情※がウケどころだと思われるが、ここは敢えて「(組になんか)入ったことないわ」を受けての「ま、せやろな」に注目したい。

少し間を空け、石井の出で立ちを上から下まで眺めてからの「ま、せやろな」なのである。

短い一言なのに、上から下まで眺める動作が加わることでしっかりと「ま、そんな格好した大人しそうな奴が組に入ったことあるわけないやろな」という含意が伝わるし、真顔でサラッと言うことで相手を小馬鹿にしていると分かる。そしてこのセリフが実はフリにもなっているのだ。

※ちなみに「イイね〜!」は初出ではない。いわゆる「強い気持ち(ツヨキモ)」のネタでも登場している。

先述の「余白の美学」は、石井の演技のなかだけで完結する話ではない。

石井が落ちついた演技をすることによって、新山の豊かな表情を引き立てている。
同時に、新山があくまで石井を「イイね〜」と受け入れるスタンスを貫くことで却って石井の狂気が際立ってくる。
つまり「ヤクザと整体師」においては双方が余白であり主役なのである。
よって、さや香のネタにどこか「美しさ」を感じるのは「余白の美学」に依るものと結論づけたい。

残念ながら準々決勝でさや香のキングオブコント2024は終わってしまったが、「2〜3年スパンで考えている」とのことなので来年再来年が今から楽しみで仕方がない。


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