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夜はいつでも回転している

87夜 新しい世界


パーティー会場はそれほど広くはない。ラウンジDJが会話が成り立つ程度の音量で音楽を流している。誰もが話しているがあまり話が頭に入ってこない。どうにも居場所がないような感覚が急に襲ってきてすぐにでも帰りたい。会話は途切れてもまたすぐに別の会話が始まっていく。きりがない。

奥の方で妻と見慣れない男が話している。時折男が不穏な目でこちらを見てくる。どうにも居心地が悪い。何気なく会話の輪から抜け出して妻の横にいくが気が付いてもらえない。

腰に手を回すとこっちを向いて「あら!」というはしゃいだ声を出した。
「今ちょうどあなたの話をしてたのよ!」そういう妻の目が輝いているのを見て胸が騒つく。
「この曲!」と言いながら妻は男の方を見た。
「この前のブルーノートで聴いたのは最高だったな」「本当に!スライは最高ね!」という二人の会話を聞きながら照明が暗くなっていった。

ブルーノート?なんの話だろう。何の話なのか聞く前に妻が言った。「あなたはまだ帰らないでしょ?私は送ってもらうから心配しないでね。ちょっとお手洗いに」そう言って妻が行ってしまうと男と二人になった。
「魅力的な女性ですね」そう言われて一瞬何の話なのかわからなかった。「ええ、ああ」と間抜けな声を出す。「いい夫の条件が何かわかりますか?」
「え?」
「何も感じないことですよ。何も見ないし何も聞かない何も考えずにいることが最良な夫の条件です」
暗くなった会場の中で男の目が光っていた。何か危険なものを感じた。とても恐ろしくなった。妻を引き止めるべきだと思いお手洗いの方へ顔を向けると肩に手を置かれた。男が耳元で囁く。

「余計な思考は危険を招くぞ。下手に触ると恐ろしいことになりかねない」男がまるで人間ではない、何か不吉な存在のように感じた。男の眼を見ると真っ暗だった。今まで見たどの黒よりも黒かった。これ以上この眼を見てはいけない。背中に冷たい汗が流れている。

それから時間は湿ったスナックのように流れた。
妻と男が出ていくのを呆然と見送った。
手に持ったビールがぬるくなっていた。
最早何も考えることができない。
パーティー会場は更に暗くなりSly & the Family Stoneの「Underdog」が流れている。DJは徐々にボリュームを上げていく。
何も考えることができなければ踊るしかない。
こうしてわたしは最良の夫になった。


End

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