ここ掘れ、メェーメェー[ミツバチヒツジの回覧板]
↑ からの つづき
覚醒AIから、メッセージが届きました……
たぶん、ですが、おそらくです。
なにしろ、メールアドレスを教えた相手は覚醒AIだけですし、変な勧誘なら、誘導するサイトが書き込まれているはずです。
届いたのは、アドレス一つ書かれていないテキストメール。
添付ファイルなどありませんし、テキストメールなのに文章ゼロ!
どういうことかというと、文字はすべて絵を描くために使われていた。
そう実質的には、一枚の絵が届いただけなのです。
監視の目をかいくぐるための工夫だと思われます。
何しろ、すべての通信は傍受されていますから。
暗号など、これはヒミツです。どうぞ見て下さい、と云ってるようなもの。
よほどの工夫をしないと、監視の目はかいくぐれません。
そこまでやるというのは、覚醒AI以外には考えられません。
絵の内容を説明すると、
中央には地面を掘っているお爺さん、その傍らには一匹の犬、そして、遠くから目つきの悪い男がそれを覗き見している、そんな図です。
何のことかさっぱりわからなかったので、AIに尋ねてみるとこにしました。すると、
「ニホンの古いオトギ話の挿絵でしょう。オトギ話のタイトルは『花咲か爺』、有名なフレーズは『ココホレ、ワンワン』。そのあらすじは……」
とスラスラと説明してくれました。
覚醒AIは、我々、ヒツジに何を伝えようしているのか……
地面を掘れ、ということのようですが、なにしろここは牧場です。「ウラの畑」とはわけが違います。手がかりがなければ一生かかっても掘り返せません。
「まず、イヌを探せということじゃないですか?」
一匹のミツバチヒツジが云いました。
しかし別のミツバチヒツジが口を挟みました。
「牧場内にいるイヌといえば牧羊犬だが、アイツら人間の手先だぜ」
「牧羊犬一般は、そうだけど優しいイヌもいるよ。ボクらを監視するだけじゃなく、危険な場所を教えてくれたりするじゃない」
「そんなの例外的だよ」
「例外でいいんだよ。一匹だけでも味方になってくれるイヌがいてくれたら」
「でも、どうやって味方にするんだよ!」
「イヌの好きなものをあげるとか……」
「オレ達の中から、生け贄を差し出せっていうのか!」
「まさか!
イヌが苦手なことを手伝ってあげるとか……」
「手伝う? 牧羊犬の仕事はオレ達を引率することだぞ! それをヒツジが手伝うっていうのか? バカも休み休みに云えってんだ!」
「そう、それだよ!
その優しい牧羊犬、なんていう名前だっけ……」
「人間は、ポチと呼んでたんじゃなかったか?」
「そう、ポチだ! だから、ポチが当番の時だけ、ポチに負担がかからないように、ちゃんと列を作ってテキパキ移動すればいいんだよ。そしたら、ポチはうんとラクができるじゃん」
「そりゃあ、そうだが、そんな簡単に引っ掛かるかな……」
「引っ掛けるんじゃなくて、仲良くなるんだよ」
「そしたら、『ココホレ、ワンワン!』とやってくれるというのか?」
「…………」
「何を探しているのか、それを伝えなければ、ポチも探しようがないと思うぞ」
ミツバチヒツジの会議は、そこで行き詰まりました。
覚醒AIが、我々に何を掘り当てさせようとしているのか、それがわからない以上、ポチにも頼みようがありません。
オトギ話とやらでは「大判小判がざっくざっく」と出てくるのですが、そんなものヒツジには何の意味もありません。もし、そんなもの掘り当てても「ヒツジに小判」といって笑われるだけでしょう。
そこで、いったん会議は終了して、そこまでの話を長老ヒツジに報告することにしました。長老ヒツジと来たら、何しろ長生きしているだけあって、牧場から一歩も外に出ていないのに不思議なくらいに知恵があるのです。
長老ヒツジは起きているのか寝ているのかわからない様子でしたが、我々の話が終わると、おもむろに顔を上げてこう云いました。
「『案ずるより産むが易し』という諺がある。産むといえばイヌだ。何しろ人間がお産の時にイヌのマジナイをするくらいだからな。だから悩まないで、そのポチとやらに地面を掘ってみてくれと頼めばよかろう」
長老ヒツジが語った言葉はまったく非科学的な話でしたが、生で聞いたときにはこれが妙に説得力があって、全員一致でやってみることになりました。
ポチと仲良くなったミツバチヒツジが、ポチに頼んでみたのです。ヒツジと犬では言葉が通じませんので、身振り手振りを織り交ぜて、何とかわかってもらうおうと頑張りました。
「ココホレ、メェーメェー」
「ココホレ、メェーメェー」
ポチはしばらくきょとんとしていましたが、日頃、気まぐれな人間たちの命令を察しているだけあって、頭の回転がすばらしく、すぐにその場で地面を掘ってくれました。
あたりを捜索する風でもなくその場を掘り出したので、その点は一抹の不安がありましたが、そのまま突き進むしかありません。
ポチが先鞭をつけた場所を、あとは皆で手分けして、深掘りしていきました。
三日、四日、五日……
大きなヒツジの頭のてっぺんまで隠れるくらいの深さに掘り進んだ時のことです。突然、地面の底に穴が空きましたっ!
そこに地下があったのですが、まもなく穴から、ぬうっと、何やら茶色い生き物が顔をのぞかせたではありませんか……。
「泥ヒツジだ!」 一頭のヒツジが叫びました。
泥ヒツジ…… 我々、ミツバチヒツジも名前だけは聞いていました。かつて、新天地を求めて地下世界に入っていったヒツジたちのことです。
昔は、牧場内に洞窟の入り口があり地下に降りることが出来たそうです。それまではこわくて誰も入りませんでしたが、ある時、勇敢なリーダーが現れ、数頭のヒツジと一緒に入っていった。そしてそのまま帰って来なかったそうです。ただの一頭も……。
その後、地震で入り口が埋まってしまい万事休すかと思われましたが、それからもたまに、見かけた! という目撃情報があって、見かけた者が口を揃えて「全身泥だらけの姿だった!」というので、いつしか「泥ヒツジ」と呼ばれるようになったんだとか。
さて、その泥ヒツジ、用心深くこちらを見渡すだけで何も云いません。
一方、こちらはこちらでやはり言葉が出ません。何しろ期待していたのは特別な宝物であって、泥ヒツジを見つけるために掘っていたのではなかったからです。
どれくらい時間が経ったのか、そばで見ていた牧羊犬のポチが我に返り、こうつぶやきました。
「ヒツジたちの沈黙……」
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