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ガブリエル・夏 5 「みんなと違う」

まみもはすぐには答えられない。
なんと答えればいいかは決まってる。嘘は言えない。カッコつけて取り繕ってはいけない。でもレイの中で、自分とくさいおならが結びついたイメージができあがってしまう? レイは想像するだろうか、私がそれをする場面を……。
「うぐぐ。」
まみもは追い詰められている。でもやらなければいけない。言うしかない。

「くさいときもあるよ。」
なるべくさりげない、平気な感じで答えた。声は少し裏返ったかもしれない。レイの方を見られない。
「Sometimes, the sound is not even cute. 」
この情報は具体的過ぎたかな、と反省しない。でも、しまった、と少しは思った。まみもの英語は大人になってから使えるようになったものなので、どんなことも英語にすることで現実味が減るような、日本語ライフとは別世界事案になるような感覚がある。それで多分無意識に、ぼかし効果利用のつもりでここで英語が出てきたのだけど、レイにとっての英語は、もっと現実的で生活そのものなのではないか。ああ。
 しかしもう心配の山は越えて、急におもしろくなってきた。恥ずかしいし、もう笑う。レイが嬉しそうな顔をしている。ほっとする。レイも笑い出した。ああ、よかった。なんの目的で出てきた質問かはわからないが、これでいいのだ。これでよかった。
 レイは、まだ黄色いカタツムリの乗った葉っぱを持っている。笑いの痙攣はそろそろ止まりそう。まみもはレイのそばに戻った。回答困難な質問に果敢に挑んだ、誇らしい気持ちでレイを見る。レイはよくやったという顔をしてくれているように見える。満足そう。2人はまた横に並んで歩き出した。

「ガブくん。」
「はい、ガブリエルくんです。なんでしょう?」
「寂しい時ある?」

レイの表情が少し変わる。もう笑ってないけど、辛そうでもない。眉毛と瞼と唇の端っこのところが、1ミリか2ミリぐらい、下がった感じ。
「あるよ。」

「僕はみんなと違うから、好きなことも考えることも同じじゃない。見た目も違うし、オランダにずっといるけど本当のオランダ人じゃない。カナダに行っても、日本に行っても、僕は誰とも一緒じゃない。僕が変なことしてみんなが笑う時はあるけど、僕は本当には笑ってない。楽しくない。
 家にみんないても、お父さんとお母さんは仕事ばっかり。弟と僕はタブレットでそれぞれゲームしてて、家族なのにばらばら。ご飯の時間もすぐケンカ。僕は、もういやだなあ!ってだんだんイライラしてくる。だから家から外に出たくなる。でも行きたいところはない。会いたい友達はいない。PIN(デビットカード)を持ってるけど、買いたい物も別にない。」

レイは正面空中を見ていた顔を、まみもに向けた。少し微笑む。声が変わる。

「まみもちゃんと喋ってる時は楽しいよ。イノシシを連れて帰るのとか、本当にはやらないけど、でもイマジネーションの中で、連れて帰って、庭で静かにさせて寝かせるとか、それを一緒にできるから。学校で会った時も、まみもちゃんはいつも僕のこと見てて、だけど変な注意とかしない。まみもちゃんが来る日はいつも楽しみ。でももう来ないでしょう?」

最後は少し怒ってるような顔に見えた。レイは正しい日本語を使うけれど、たくさん話すと母国語話者でないことがわかる。s、k、t、bなどの子音の発音とか、抑揚の感じが、同年代の柚や研の脱力した話し方とは違う。一生懸命話してるように聞こえるせいで、少し幼い印象になる。私は、この子に幸せになって欲しいと願うお母さんの気持ちでレイを見ているのだなと、まみもは考える。

「私も楽しいよ。ガブくんと話してると、いつもすごく楽しい。見てるだけでも嬉しいよ。いない時でも、ガブくんがこんなことしてたと思い出したり、あんなことしそうと考えたら、もうそれだけでちょっと楽しくなっちゃう。」

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