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ガブリエル・夏 35 「うみも」

山の上の方にあった大きな岩が、土砂崩れか、巨人に蹴られたか何かして、坂を転げ落ちていくうちに、段々いくつもの小さな岩になっていく。そんな風な感じで、不揃いに小さくなったオイラのクッキーの残骸から、レイが、その中では大きめサイズを保てているかけらを1つ取った。

「これは多分、ダンプトラックだった。フロントシートがなくなっちゃってるけど。」
「うん。」
「乗り物シリーズで作ってくれたんだね。こっちのは、飛行機の後ろの羽根かな。」
「うん。ガブくん男の子だから。研は小さい頃はたらく車が好きだった。」
「ぼくも好きだったと思うよ。パトカーとか、ゴミ収集車とか、Car Carrierとか。」

レイは、運転席のなくなってるダンプトラックを食べながら、モサモサした声で言う。小さい頃好きだった乗り物を見た時のことか、それにまつわる思い出が頭に浮かんできてるようで、目の色がきれいに光り出した。涙ごしでぼんやりしているが、まみもにも見える。レイは嬉しい時、目が大きくなってキラキラする。落ち着いているときは、眉毛と目が近づいて、まっすぐ並行に並ぶようだ。

「これ、あとは、さっきのもみの木のところで、ボロボロこぼしながら食べようか。あそこに住んでるみんなも、ご飯がたくさんきたって喜ぶかも。」
「うん。」

まみもはうなずいて、グズグズのクッキーの入ってる袋をポーチにしまおうとするが、涙による視界不良で、うまくいかない。

「ぼくがやってあげる。これ持ってて。」

レイは、外して左手に持っていた自分の手袋をまみもに渡す。まみもは今、自分のと合わせて4つの手袋を抱えてる。不器用なので、そのうちいくつかを落とすんじゃないかと緊張する。落としたらどんなところかと下を見ると、さっきレイと歩いたモミの木の林だった。どこに落ちたか見つけるのは難しそうだが、落ちた手袋がこの林の中で行方不明になるなら、まあいいかと思えてくる。あの小さな林は、レイが謎の調査を楽しんで、しめしめのプレッツェルを残してきたところで、オイラのクッキーのかけらを、ばら撒いていくかもしれないところだ。そこにレイのか自分の手袋があるということは、そこで2人で過ごした短い時間が、正式エピソードとして消えずに残るように思えてきて、むしろ嬉しくなってきた。手を離して、お前たち行ってこい、と、4つの手袋をみんな送り出したい気分にさえなった。

まみものバッグのファスナーを閉めて、レイができたよとまみもの顔を見ると、まみもの目からは、まだ涙が出続けていた。出始めると、なかなか自分の意思では止められないのだ。それにまみもは今、止める努力もしていない。レイは、両手でまみもの顔の涙を拭いた。手が濡れた。濡れた自分の指を舐める。なんでも確認したいらしい。レイのこの科学者っぽいの、生まれた時にもう持って出てきた性質なのかなと、まみもは思う。

「しょっぱくて、少し柔らかい。」

もう一度こっち向き、あっち向きと拭いて、手のひらと甲の側についたのも舐めて、確認が続く。

「それで少しなつかしい。」

レイの視線は空中の何もないところから、まみもへ移る。

「まみもちゃんは、海でできてるのかな。」……仮説。
「波が運んでくるみたいに、涙がどんどん出てくる。」……根拠、かな。
「海は、全部の生き物が始まったところだよ。」……脱線?
「まみもちゃん、お母さんだし、多分合ってる。」……これは考察?
「うん。まみもちゃんは、海です。」……結論。

結論、海。

「海のまみもちゃん。うみもちゃん♪」

少し笑っているレイの顔が、斜めの太陽を受けて、とてもきれいだった。見惚れていると、まみも海の涙の波はもうあふれてこなくなった。

「特別大サービス、してあげるね。」

そういうとレイは、まみもの膝に乗っていた自分の脚を上げて、普通の人が座るように、その脚を通常あるべき場所においた。そしてさっきまで下になっていたまみもの左脚を持ち上げて、今下ろした自分の右脚の膝に乗せた。スキー板がついてるので、ガチャガチャいわせながらゆっくり。

「いいでしょう?」

「うん。」

本当にいいなぁとまみもは思った。あなたを支えますと、しっかりガードしてもらえてる感じがする。

「ガブくん優しい。」

「いつもはまみもちゃんがしてくれてる。」

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