クリンプとオープン どっちが持てる??

最近、自分はボルダリングハマっています。ボルダリングにハマっている人は「どうやってホールドを保持するか」ということに非常に関心があります。その中で、日本語での情報があまりない「クリンプとオープンの違い」についてちょっと調べてみました。

クライミングに興味が無い人が興味があるのか甚だ疑問ですが、「壁」ということで是非読んでいって下さい!

前提知識

ボルダリングは壁にくっついた突起物(ホールド)を持って壁を登っていく競技です。

画像1

<イメージ画像 b-pump荻窪HPより>

壁についているホールドをどのようにして持つかというのはボルダリングにおいて非常に重要な要素のうち一つです。ホールドにも色々種類がありますが、中でも厚さが薄いホールドを指先で持つことがよくあります。そのとき、大きく分けてオープンハンドとクリンプという二種類の持ち方が存在します。今回はオープンハンドとクリンプの違いについてみていきたいと思います。

オープンハンドとクリンプ

オープンハンドは、第二(PIP)・第三関節(MCP)をあまり曲げず、第一関節(DIP)を50~70度曲げて持つ持ち方です。
クリンプは第二関節を90度以上曲げて、第一関節を反らせて持つ持ち方です。

画像2

<Vigouroux 2006 より>

この2つの持ち方の違いに関しては様々な文献で触れられています。
日本語の文献でよく読まれている資料である東秀磯「スポーツクライミング教本」では、「オープンハンドのほうが指を曲げる筋肉にかかる負担が大きい」と述べられています。また一般的にカチ持ちは腱鞘に対する負荷が大きく、指の怪我に繋がりやすいためオープンを鍛えるのが良いとも言われています。これらの知識は正しいのでしょうか?

手の筋肉と関節の構造

親指以外の指は大きく分けて二つの筋肉で曲げられています。深指屈筋と浅指屈筋です。手関節、手指を動かす筋肉の体積ランキングを見てみると、
・深指屈筋 92㎤
・浅指屈筋 74㎤
・長橈側手根伸筋 38㎤
・尺側手根屈筋 37㎤
・橈側手根屈筋 35㎤
となっていて(出典 : 筋肉の仕組み働き)、二つの指屈筋は手関節、手指を動かす筋肉のなかでも圧倒的な大きさを誇っていることが分かります。
これらの筋肉は前腕に位置していて、それぞれ長い腱が伸びていています。深指屈筋は一番指先の骨(末節骨)につながっており、浅指屈筋は指先から二番目の骨(中節骨)につながっています。

長い腱は指の手のひら側にある筒状の腱鞘の中を通っています。腱鞘によって腱が指から離れず、腱を引っ張ることで指が曲がるという仕組みになっています。

プーリー

なお、先ほど筋肉の体積を比較しましたが、一本の筋繊維が発揮する力が一定であることを考えると、筋肉の発揮する力を左右しているのは筋繊維の本数です。筋繊維と垂直な方向に切ったときの断面積を比較すればよいということになり、その断面積は生理学的筋横断面積(PCSA)と呼ばれます。
浅指屈筋のPCSAは6.0㎠、深指屈筋のPSCAは8.4㎠となっていてどちらも強力な筋肉になっています。

どれだけ筋肉に負担がかかるか

オープンとクリンプでどちらが筋肉に負担がかかっているかを調べるには、深指屈筋と浅指屈筋にそれぞれどれだけ負担がかかっているのかを調べる必要があります。二つの筋肉はどちらも指を曲げる筋肉です。第一関節を曲げるには深指屈筋を用いるしかありませんが、第二関節を曲げるにはどちらの筋肉を使っても曲げることができます。しかしながら実際に筋肉にかかっている負担を直接調べるのは難しい行為です。ここでは筋肉と腱にかかる負担を直接測定せず推測する方法を2つほど紹介します。

力学モデルを使う方法

Vigourouxらは、指関節の力学モデルを用いて、指の関節の形から筋肉にかかっている負荷を推定しています(Vigouroux et al. 2006)。骨を剛体としてみて、指につながっている腱をいくつか用意してそれらの間の運動方程式を解くことで筋肉や腱鞘にかかる負荷を計算することができます。

スクリーンショット 2021-11-30 223004

<力学モデル>

指を曲げる主要な筋肉は深指屈筋と浅指屈筋の2つだけですが、今回の指のモデルに用いている筋肉の個数は6個ほど存在します。また、関節の可動域の端で関節が生成するトルクのことも考えると、束縛条件が足りず筋肉にかかっている力を推定することができません。劣決定問題となります。そこで力の釣り合いの条件を満たした上で、ある目的関数を最小にするように筋肉が力を発揮していると仮定して筋肉の発揮している力推定します。目的関数としては次の関数を設定します。

スクリーンショット 2021-12-01 122112

この目的関数は各筋肉の生理学的筋横断面積あたりの発揮している力の二乗和をが最小になっているだろうという仮定です。(なお、この仮定はCrowninshieldとBrandによって提案されたもので、肩に乗っている二乗はハイパーパラメータなので部位によって2から4ほどで設定すると良いとされています。)

クリンプで保持しているとき、第一関節は可動域ギリギリの角度まで曲げられており、一定のトルクを発生させています。この関節が発生している受動的トルクを推定する必要があります。この研究では筋肉が発揮している力を筋電の測定によってい推定し、筋肉が発揮しているときの力が0のときに指先で生じている力を推定することで、その受動的トルクを推定しています。

これらのモデルに基づき、何人かのクライマーがホールドを保持している様子を撮影し、その関節の角度などから推定した腱と腱鞘にかかっている負荷は次のようになります。

スクリーンショット 2021-12-01 124129

この結果に基づくと、クリンプとオープンではどちらも発揮できる保持力はだいたい同じですが、オープンでは2つの指屈筋がどちらも等しく働いていて、クリンプでは深指屈筋が強く働いることがわかります。そしてクリンプは腱鞘に大きな力がかかっている上、第一関節で大きな受動的トルクが発生していることから、オープングリップに比べて腱鞘や関節に大きな負担がかかっていて怪我のリスクが大きくなるであろうことが推測されます。

実際の人体を使う方法

先程の力学的モデルを用いた方法では、モデル化する時にいくつかの仮定をおいています。それらの仮定により、推定が大きく間違ってしまう可能性があります。SchweizerとHudekは、実際の人体(死体)の腕を用いてクリンプとオープンのかかる負荷の違いを調べています。

タイトルなし

いくつかの長さの突起物に対して、指をオープンとクリンプの形で保持させて、腱に一定の力(40N)を加えたときに、どれだけの力がホールドにかかるか調べます。深指屈筋腱単体、浅指屈筋腱単体、2つの腱同時に荷重した時にそれぞれどれだけの力が指先で発揮するかを測定するわけです。

実験

<実験の様子>

単体で力を加える実験の結果をまとめると次のようになります。

画像9

クリンプにおいては、もしホールドが小さいときは深指屈筋のほうが効率よく力を発揮させますが(これは力学的モデルを用いた結果と適合しています)、ホールドが大きくなるにつれて浅指屈筋がより効率よくホールドに力を伝えられることがわかります。

オープンにおいては浅指屈筋単体に力を加えた時にホールドにほとんど力が加わっていません。これは浅指屈折筋単体ではうまくオープンで保持できないことを意味しています。深指屈筋単体で見ると、クリンプよりオープンのほうがより大きな力を発揮できるようです。

2つの腱に同時に力を加えてどれだけの力がホールドに加わるか調べた実験が次になります。

画像10

この結果をみると、どのホールドのサイズであってもクリンプのほうがオープンよりも大きな力を発揮できるようです。

まとめ

これらの結果を踏まえると、浅指屈筋が主に働いていそうなクリンプによる保持であってもであってもホールドが小さいときは深指屈筋がより働くこと、オープンよりクリンプの方がより大きな力を出せる可能性があります。スポーツクライミング教本に書かれている「オープンの方がモーメントが小さいため筋肉にかかる負担が小さい」という記述は少し実態とずれているのかもしれません。

クリンプはオープンと比べて腱鞘と関節に大きな負荷がかかることも力学的モデルから分かります。その分怪我のリスクが高いと言えるでしょう。

クリンプとオープン、どちらも2つの指屈筋どちらも負荷がかかる持ち方であるので、「オープンを鍛えるとクリンプも強くなる」という点は正しい可能性があります。クリンプの方が怪我のリスクが少ないオープンによる保持を鍛えることが総合的な保持力上昇に繋がる手段と考えられます。

最後に

もしクライミングに全く興味が無いのにここまで読んでくださった方、駄文に付き合っていただいて誠にありがとうございます。スポーツクライミングは頭も体もどちらも使う非常に面白いアクテビティです。皆さん是非やってみて下さい!