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仮想世界マトリョーシカ

「すごい、ついにテクノロジーもここまで来ましたか…!」
目の前には透明な半球状の空間の中にジオラマの街が広がっている。この世界のミニチュア版のような世界。これが仮想世界か。

「これは本当にすごいです、あまりに精巧で本物の街と見分けがつかないですね!」
男が感嘆の声をあげると、横にいた白髪混じりの男が満足そうに頷き言った。

「そうでしょう。ただ実はよーく見るとおかしな点に気づくはずですよ。現実世界ではありえないおかしな事象が起きているはずです。」

「おかしな点?あぁ、木ですか?」
男も早くから気づいてはいた。木々の色がピンク色なのだ。初めは桜の木かなと思ったが、よくよく観察するとありとあらゆる種類の木だということがわかった。

「これはどうしてピンク色になっているんですか?」

「わざとですよ。ここまで緻密に作り上げた世界なんで、自分でもたまに現実世界と錯覚しそうになることがありましてね。ここはあくまで仮想世界なんだと言うことを常に思い出せるように、点々と存在する木々に目印を残したんです。」

「なるほど、それはいいアイデアですね。」
男も納得し、改めてピンク色の木々を眺めた。こうして俯瞰で見てみると、ピンクの木というのも悪くない。

「あれ、この建物は…?」
木々を目で追ううちに、男はある特徴的な建物が視界に入った。黄色い円柱状の建物。これはまるで…。

「気づきましたか。」
白髪混じりの男が男の視線の先を確認しいたずらっぽく言った。

「お察しの通り、“この”建物です。長いこと閉じこもっていたせいか、結構思い入れが強くてね。仮想世界の中にも作ってしまいました。」

「そうでしたか。いいですねー、先生の仮想世界には発見がたくさんありますね!お、ちょうど人も出てきた。」

建物からは男女二人が出てきた。男はしばしその二人を眺めた後、急に真面目な口ぶりに変わり言った。

「さて、ついにこの完璧な仮想世界を作り上げていただいたので、本題に入りたいと思います。」

「シミュレーションですか。」
白髪混じりの男も男に向き合いながらじっとその目を見た。

「はい。何を隠そう今回のプロジェクトの目的は、現実世界で起こりうるありとあらゆる現象をあらかじめシミュレーションすることです。そのために先生には骨身を削り現実世界と寸分も違わぬ…失礼しました、木の色だけ違う仮想世界を作り上げていただいたのです。正直ここまでのものとは想像していませんでした。しかし現実と瓜二つであればあるほどシミュレーションのしがいもあるというものです。」

男は『国家機密』と書かれたファイルをパラパラとめくり言葉を続けた。

「実際にどのようにシミュレーションを行っていくかについてご相談させていただきたいのですが、ここからは場所を移させていただけますでしょうか。プロジェクトの他のメンバーも含めディスカッションさせてもらえるとありがたく…。」

「わかりました、では向かいましょう。」

白髪混じりの男は頷き、二人で建物の入り口へと向かった。

「この建物、ほんと珍しい形をしてますね。」
女はしげしげと黄色い円柱状の建物を眺めながら言った。

「あんまり建物で四角以外って見たことないですよね。初めてここに来た時もビックリしましたけど、俯瞰で見ると余計に…あ、誰か出てきた。」

ちょうど男二人が中から出てきたところだった。表情は読めない、何しろミニチュアサイズだからだ。

「長いことここに閉じこもって制作を続けていたからか、妙に愛着が湧いてしまって。だから仮想世界の中にも作ることにしたんです。」
後ろから様子を見守りながら、眼鏡の女が言った。

「そうでしたか、いいと思いますよ!それにしても、なんでこの世界は木の色が緑なんですか?まさか全部スグーの木じゃないですよね…?」
スグーの木が緑なのは知っているが、それも冬限定の話だ。第一見た目が明らかにスグーと違う木々も全て緑色をしている。

「スグーじゃありませんよ。緑の木はあえてです。」
眼鏡の女はこともなげに言った。

「現実世界と何もかも一緒にしてしまうと、次第にどちらが現実かわからなくなりますでしょ?だからこの世界はあくまで実在し得ない仮想世界なんだということを目印として残しましたの。」

「なるほどー。最初は違和感がありましたけど、緑の木っていうのもいいかもしれませんね!」
女は同調しながらちらっと窓の外を見た。紫の木々が木の葉を揺らしている。

「それはそうと、シミュレーションの進捗はいかがです?今日はそのお話があっていらしたかと思っていましたが。」

「ああ、そうでしたそうでした。」

眼鏡の女に催促され、女は思い出したかのように言った。

「だいぶ有益なデータがとれてきましたよ。いやー、仮想世界の住民も好き勝手やってくれますよねー。やっぱり人の行動は予測不可能というか非合理的というか。」
女はちょっとため息を挟みつつ、腕時計を見た。

「今日はこの後先生に本部までお越しいただき、今後の動きについて打ち合わせができればと思います。お越しいただけますか?」

「ええ、構いませんよ。では参りましょうか。」

眼鏡の女が頷き、二人は建物の入り口へと向かった。


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