見出し画像

パラダイムを揺るがす方法としての「デザイン人類学」

大学の課題で必然的に書くレポートをそのまま眠らせておくのも勿体無いなと思い、完成度はさておき思考の記録として公開しておくという試みです。

選定した書籍
日比野愛子、鈴木舞、福島真人 編、科学技術社会学(STS)テクノサイエンス時代を航行するために、新曜社、2021、200ページ

注目したキーワード
クーンの科学パラダイム

1)なぜそのキーワードに興味をもったのか
現在Kyoto-Design-Labで大阪大学の人類学研究室と協働しているプロジェクトにおいてしばしば、科学技術との向き合い方が議論に上げられている。それは現在の科学技術が自然を資本化、客体化するための方法であり、デザインがそれに加担してきた結果として現在の気候変動に繋がっている事が明らかなためである。講義の中で紹介されたクーンの科学パラダイムに関する議論は科学技術という語に包含されている意識・認識を批判的に論じていく上で重要であると感じた。

なぜならば、科学技術を批判的に捉える実践としてのデザインを行う上で自分自身が現在の科学パラダイムを相対化できずに制作を続けることは効果的でないと考えたからである。また自然-人間(≒人間が用いる科学技術)という二元論からの脱却のためには学際的な知から引き出された理解に基づく実践が必要であり、その為昨今の社会科学研究から登場した科学技術社会学(STS)についての理解を通してクーンのパラダイム論を実際にどうデザインと人類学の協働に接続できるのかについて検討することに興味をもった。

2)書籍を読むことで、興味がどのように深まったのか
科学的あるいは技術的な実践そのものをブラックボックスとせずに、その実戦の中に飛び込んで調査することは科学の発見が普遍的な真実ではなく変容しうる一つの事実であることを示すだろう。例えばフランスにおけるラボラトリーの中の科学者を対象とした人類学のような研究は研究者コミュニティに新人の研究者が参加してどのようにその領域における「真実」が共有されていくのか、またその真実が生まれていくのか過程を明らかにしていく。しかしながらこのような社会科学的研究と科学研究の関係性においては、再帰性の問題も指摘されていた。つまりSTSとして現在の科学や技術の現れ、まさにパラダイムを記述していくことが調査の対象自体を変容させてしまうということへの指摘は人類学的実践の観点から非常に興味深い点である。

またもちろん科学研究の内側からもパラダイムを変容させる発見が生まれるということに関して、本書の中ではダナ・ハラウェイの「トリックスター」という言い回しを用いながらその状況を説明している。従来の学説が大きく覆されるような結果が報告された際に、こうした研究成果が大きな誤謬である可能性も含めてそのパラダイムに属する人々に興奮から懐疑までさまざまな反応を巻き起こす。そのために新しいパラダイムは古いパラダイムで教育された人々が新たな事実を受け入れられず、場合によっては古いパラダイムの人々が死に絶えることで、学説が受けれ入れられるという自体すらありうる。故にそのようなパラダイムを揺るがす事実は、不意にパラダイムの外からやってきて旧来のシステムを揺るがすことがしばしばであり、そのため研究組織には柔軟性を持ち不確実性と向き合い続けることが求められる。これはまさにSTSが普遍の真実とされる科学的発見の生成に目を向けているが故の観点であり学際的な研究の重要性を示唆している。  こうした科学のパラダイムと比較して検討する対象としてインフラストラクチャーに対するSTS研究は非常に興味深い。D.Edgertonは従来のテクノロジー研究が、最先端についてしか関心を持たずすでに広く使われているテクノロジーに関してはほとんど研究してなかったことを批判した。彼はこうしたテクノロジーを革新的テクノロジーと使用中のテクノロジーと呼び、後者の研究の必要性を強く主張しておりインフラストラクチャーはまさにそれである。また本書ではSTS内部におけるインフラ研究が広がったのははPI.Leigh-starとK.Ruhlederによる1996年の論文からだとされている。この論文においては、インフラは不可視であり、故障した時初めて可視化すると言われており、インフラの故障に対しては維持・補修する継続的な努力が働きかけられそれがある種の構造の再生産になり得るという指摘がされていた。なぜならばインフラは関係的な存在であり、それにアクセスできるか、アクセスする人にとってどのような役割を持つのかなどは、社会構造やユーザーの文脈に依存しているからである。インフラが生活に大きな影響を与えることからも、これは集団が科学パラダイムによって、特定の方向性を持つことと共通点を見出せるだろう。 以上のことから、インフラストラクチャーは使用中のテクノロジーとして暗黙に共有されそれが活動に大きな影響を与えることからパラダイム論と並行的な存在だと考えられることも興味深い。

3)そのトピックについてのあなた自身の考え
STSは学問領域の境界に起きる専門家/非専門家の協業を可能性として捉えるものであるため、積極的に境界をまたぐデザイン領域においては有効な研究手法の一つなのではないか。なぜならばハラウェイのいう「トリックスター」が外部からパラダイムを揺るがすような存在になることは非専門家の経験知からも可能だと考えるからである。それはパラダイムを揺るがす存在としてデザイン人類学(デザインと人類学の融合)を捉えることを可能にする。

例えば、林業という対象において生態学的には地域や環境をモデル化することでその保全や管理に役立てる情報を生産するような役割が考えられるが、それは林業という産業システムを成り立たせるインフラストラクチャー自体を研究するわけではなく、結果としてインフラの科学技術が学問におけるパラダイムとして成立している。一方で経済学的には、森は生態系サービスや自然資源でしかなくその中の平衡状態を保つための検討は資本化し難いため行われない。プランテーション農業などはその代表的な例だろう。

しかし気候変動という喫緊の課題を踏まえると、それらのパラダイムを揺るがすための研究が必要であることは明確である。先に述べた通り本書では、従来のテクノロジー研究が最先端の技術についてしか関心を持たず、すでに広く使われているテクノロジーに関してはほとんど研究してなかったことが批判されていた。そしてその背景にはインフラあるいはパラダイムが、維持・補修されることで我々の世界に可視されないという指摘があった。しかしながら、駆動する限りは不可視のものであるインフラやパラダイムとされているテクノロジーを人々の意識に現前させ、配慮させるためにあえてそのテクノロジーが起こしうる問題を強調することは批評的なものづくりが得意とするところである。故に、デザインと人類学の協働は、まずSTS研究としてそのフィールドにある不可視のパラダイムを露わにし、次にそのパラダイムについて批判的に検討するための材料をデザインによって制作し、それを学術的成果として問うことでパラダイムを揺るがすというような、包括的な実践の方法として捉えることができるのではないだろうか。

参考書籍

よろしければサポートをお願いします。ここで紹介する為の書籍や勉強会、制作のための資金にさせていただきます!