「囀る鳥は羽ばたかない」 第48話 感想
第48話
扉絵の矢代と百目鬼は、目も合わさずそっぽを向いている。
"なにもなかったふりをする”
決して忘れることのできない「何か」があった二人だからこそ…。
第47話の終わりで矢代を迎えに来た百目鬼が、「来てもらいます」と言って向かった先は、綱川の屋敷だった。
長い廊下を歩く百目鬼は、矢代の右手首をぎゅっと掴んでいる。
と矢代が戸惑うほどに強く握ったまま、離さない。
百目鬼は、矢代が第47話で井波と寝たことを怒っている(ようにしか見えない)。
俺で我慢するように言ったのに、矢代が言うことを聞かないから。でも、私はそういうところが矢代の魅力だと思う。
矢代を束縛しておきたいという百目鬼の本音が、透けて見える。
矢代は百目鬼の手を振りほどく。
百目鬼は矢代に背を向けたまま答える。
矢代と読者には思い当たる節がある。
矢代は、百目鬼の左大腿を撃ち、跪いた百目鬼の額に銃口を突き付けて
と迫った時のことを思い出す。(6巻第33話)
百目鬼は「何度か」と言っている。矢代が百目鬼を置いて行ったのは、この時だけではない。
むしろ、読者がすぐさま思い出すのは別の場面だろう。
セックスした後に、矢代が百目鬼を部屋に置いて黙って出て行ったあの時…。(5巻第27話)
と矢代は思う。
この感覚は矢代だけではなくて、個人差はあれ、誰しもが思い当たるものだろう。
人を傷つけたことより、傷つけられたことの方が深く記憶に残るものだから。
二人が屋敷の奥に進むと、神谷が部屋の前で立っている。
矢代を呼び出したのは、桜一家の若頭・連だった。
連は矢代に「今回のこと、改めて降りて貰えんですかね」と、城戸の一件から始まった桜一家と奥山組の揉め事から手を引くようにやんわり頼む。
でも矢代は手を引かない。
やっぱり。
第47話で七原と杉本が矢代の狙いは「カネ」と言えば言うほど、本当の目的は違うのだろうと感じていた。
「百目鬼と関わっていたいからかな」と私は願望を込めて考えていたのだが、甘かった。
矢代が動いていたのは、この件に道心会が絡んでいたからなのだった。
道心会会長・三角の「懐刀」と言われて、矢代は噴き出す。
綱川の娘・仁姫を誘拐した共生会の残党がいる竜頭、そのケツ持ちをしているのが奥山組で、奥山組は極星会の傘下、極星会と道心会は昔から因縁がある。
となると、
と連が矢代を詰める。
こっち(ヤクザ)の世界につなぐためだろうけどな、と矢代は三角の真意も理解している。
矢代はこう言うけれど、本当はそんなに金にも執着していないと思う。
矢代が井波と会っていることを連は百目鬼から聞いていたようで、
「刑事と会ってるのは?」と尋ねる。
矢代は「情報交換とセックス」と包み隠さず答え、「最悪だな、アンタ」と神谷に言われてしまう。
矢代に手を引かせることを諦めた連は、
と言って、矢代に百目鬼か神谷かを選ばせる。
読者は当然、百目鬼と…!と願う。
せっかく矢代が(百目鬼がいいとは言えないから、精一杯)「ふーん、じゃあどっちでも」と言ったのに、よりにもよって百目鬼本人が
と言い出す。
「ちょ…何言って…」という神谷のセリフは、我々読者の気持ちそのものだ。
第48話では矢代、百目鬼、連が緊迫した会話を繰り広げるので、唯一神谷の存在が読者の清涼剤となってくれる。今まで七原が時々その役を務めていたように。神谷がいないと息が詰まって苦しいくらいだ。
「俺は俺で動けた方がいいので」と表情も変えずに淡々としている百目鬼を、矢代が見つめる。
矢代は、そんなに俺の側にいるのが嫌なのか…とでも思っているかのような、残念そうな顔をしている。
百目鬼は第46話で「ウチと仕事している間は俺で我慢して下さい」と自らセフレに立候補するようなことを言ったのに、矢代の護衛は断って距離を置こうとする。なぜなのだろう。
百目鬼の真意がわからない私は、矢代と共に混乱したままだ。
矢代の監視&護衛役になった神谷が車を運転し、矢代をマンションまで送ることになる。
面倒事を押し付けられて、神谷は不満そうだ。
矢代は平静を装っているけれど、百目鬼に避けられて、本当は傷ついているのがわかる。
百目鬼も、こんな形で矢代と関わることになるとは予想していなかっただろうし、矢代への想いをどういうわけか無理に抑制しているし、矢代は相変わらず井波なんかと関係を持っているし…で、さすがに冷静ではいられないのだろう。
矢代のマンションに着くと、なぜかエントランス前に百目鬼が立っている。
追いかけてくるくらいなら、素直に矢代の護衛に付けばいいのにと思ったら、連から神谷に渡す「エモノ」(武器のこと、おそらく銃か刃物)を預かって来たのだった。
目の前を通り過ぎようとする矢代に百目鬼が声をかける。
まだ全貌が見えていないからかもしれないが、6巻までの平田が首謀した事件よりも、7巻以降の城戸、桜一家、奥山組が絡んだ件は正直わかりにくい。
矢代がこうやって説明してくれて、やっとなんとなく経緯が理解できるくらいだ。
矢代の答えを聞いた百目鬼はため息をつき、
と呟く。
すると、矢代は箍が外れたように、突然神谷の襟首を掴んでエントランスの扉の外に置き去りにし、百目鬼を引き摺るようにしてマンションの中に入っていく。
「やっぱり、お前がいい」という矢代の本音、私にはちゃんと聞こえた。
百目鬼には聞こえなかった?
第46話で矢代がキスの妄想までしたエレベーターに二人が乗り込む。
もう、ここまで矢代が本音を曝け出して誘っているんだから、一緒に部屋に行けばいいのに、百目鬼は「開く」ボタンを押してしまう。
矢代の背後から、重なるように指を置いて。矢代の髪の匂いを感じるほど、接近しておきながら。
百目鬼は「戻ります」と言う。
矢代は俯いて、つらそうにしている。
去ろうとする百目鬼に、矢代は聞かずにいられない。
自分が我慢せずに井波と寝たことは棚に上げて、こう言ってしまう矢代が私は好きだ。
百目鬼は感情の読めない表情のまま
と答える。
百目鬼が嫉妬しているのはわかるんだけど、そんなに矢代を追い詰めないであげてほしい。
矢代は素直になれない性格なんだから…
やっても、勃たねぇから、とまではさすがに矢代も言わない。
と、諦めたように言い捨てて、ひとりエレベータに乗る矢代。
矢代は百目鬼に冷たくされて、我慢できなくて自分から誘ったのに、それでも百目鬼に断られて、また傷ついている。
このまま一人ぼっちであの部屋に戻るのだろうか。
矢代と一緒に寝て、「大丈夫だよ。百目鬼はちゃんとあなたのことが好きだから」と言ってあげたい。
「あなたにはいつも敵わない」という百目鬼の言葉を聞いて矢代のスイッチが入ったのは、今は若頭と用心棒という昔の上下関係は解消されているのに、百目鬼が自分との距離を開けたまま近づこうともしないことに苛々したからかな、と考えている。
第48話は純粋に物語として面白かったし、楽しめた。
第46、47話は矢代の苦しみを痛いほど感じて、読むのがつらかった。
それにしても、7巻以降百目鬼の変貌ぶりに振り回されてきたけれど、矢代も6巻までとはだいぶ変わっている。
ここまで感情を露わにして百目鬼を引っ張るなんて。
ヨネダ先生がおっしゃっていた「恋愛して変わる」フェーズに入ったのだと思う。
桜一家と奥山組の件に道心会が絡んでくるとなると、そろそろ久しぶりに三角と天羽の出番だろうか。
相変わらず百目鬼が何を考えているのかわからないままだ。
ひりひりするような二人の関係が、いつどのような形で変わるのか、まだ予想もつかない。
第48話を読み終わったばかりだというのに、もうすでに第49話が待ち遠しい。
追記(2022年4月1日)
Twitterで「百目鬼は荷物を取りに戻っただけで、ちゃんと矢代の所に戻ってくる」というご意見をいただいたので、改めて最後のシーンについて考えた。
確かに百目鬼は、「戻ります」とエレベーターを降りた後、「さっきの荷物(エモノ=武器)取りに」と言っているから、矢代の所に戻って来る可能性を残している。
むしろ、これから矢代の護衛に付くからこそ、「さっきの荷物」が必要になるわけだ。
百目鬼が矢代のもとに戻らないとすると、マンションの入り口で座り込んでいる神谷と護衛を交代することになる。
百目鬼と入れ替った神谷は、渋々矢代の部屋に上がって行くだろう。
一方、百目鬼が荷物を取って矢代の部屋に戻るとなると、二人きりで何を話し、何をするのか、この先が怖くもあり、楽しみで仕方がなくなる。
46話がトラウマになっている私は、今の矢代と百目鬼が二人きりになっても甘い展開を期待できず、また矢代が傷つくことになるのではないかと心配してしまうけれど…。
物語の流れとしては、百目鬼が矢代の所に戻った方がどう考えても面白い。
だから、百目鬼は戻ってくるような気がしてきた。
では、なぜ私は百目鬼がこのまま矢代を置いて行ってしまうだろうと思ったのか。
それは、百目鬼が「戻ります」と言った時に、矢代がつらそうな表情をしているからだ。
せっかく「お前で(が)いい」と本音を曝け出して百目鬼を選んだのに、「戻ります」と言われた矢代は拒絶されたように感じてしょんぼりしている。
だから、私の頭にはその後の「さっきの荷物取りに」という百目鬼のセリフが入って来なかった。
矢代の表情に引っ張られて、とてもこの後百目鬼が戻って来るようには思えなかった。
矢代(や私)の性格だと、この状況で一旦エレベーターを降りてまた戻る、という発想はない。
矢代は最後に「早く行けよ」と言っている。
これは、「早く行って、荷物を取って戻って来いよ」という意味にも受け取ることができる。
百目鬼はきっと戻って来るだろう。
その方が物語として面白いし、私たち読者がドキドキ、ハラハラする展開になる。
2か月後を楽しみに待とうと思う。
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