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「囀る鳥は羽ばたかない」 第55話 感想

第55話


 矢代の秘密を知った百目鬼がどう出るのか、わくわくしながら待っていた55話だったが、お楽しみは次回までお預けだ。
 今回のメインは綱川と奥山・甲斐の過去と因縁だった。
 最後のページの引きが相変わらずすさまじくて、私は叫び声をあげながら読み終えた。


 井波から矢代が性的に不能であることを聞かされ、百目鬼は驚いている。
 百目鬼の愛撫の前では矢代の体は敏感に反応して、呆れるくらい早く射精してしまうほどなのだから。
 

百目鬼「アンタが下手なんだろ」(まあ、それもあると思うけど)
井波「ああ!? んなわけねーだろ。誰とやったって勃たねぇんだ」

 直球で井波のテクニックを貶めてくる百目鬼に、井波は自分を庇護するためかダメ押しの一言を発する。
 
 矢代が誰とやっても勃たないことを井波はなぜ知っているのか。
 さすがに矢代のセックスを盗撮まではしてなさそうだから、矢代が自分で言ったのだろう。自虐を込めて。

 呆然とする百目鬼の異変に気づいた井波は、

「まさか、お前ん時は違うのか?」

と核心に触れる。
 井波は矢代と百目鬼の仲を邪魔しているように見せかけて、実際はナイスアシストばかりだ。

 百目鬼は「アンタには関係ない」と言い捨てて、話を甲斐の件に戻す。
 
 甲斐が1年ほどムショに入り、去年の夏ごろ出所したことを知った百目鬼は、10月の桜一家の仁姫誘拐が甲斐の仕業だったと考えている。
 井波が最近奥山組長の姿が見えないことを教えると、百目鬼は去り際に「アンタは…気持ち悪いな」と返す。このセリフが気になった。

 井波が矢代に対してやっている行為は間違いなく気持ち悪いとしても、百目鬼は別の意味も込めているように感じた。

 車の中で一人になった百目鬼は、自分に組み敷かれた矢代の姿を思い出す。愛撫に抗えず、快感と苦痛に顔を歪めた矢代…。

 百目鬼は矢代の真実を知って、ショックを受けている。

 この印象的な場面のコマ割りは、6巻「飛ぶ鳥は言葉を持たない」で百目鬼が矢代の言葉を思い出しながら何かに気づいた時と恐ろしいほどに酷似している。
 
 回想シーンと百目鬼の横顔が交互に描かれ、百目鬼は一旦俯いてからハッとして表情を変える。

 矢代の好意に対して百目鬼がどんなに鈍感だったとしても、「矢代が自分にしか勃起しない」という事実を前にしたら、さすがに「自分は矢代にとって特別な存在なのだ」と気づいただろう。

 それが愛と呼ばれるものなのかどうか、百目鬼が確かめるのはこれからだ。

 ここで場面は一転して、甲斐が矢代を尾行していた部下から報告を受けている。
 矢代と七原が裏カジノのある渋谷のビルに入ったところを見られ、二人が道心会系の人間であること、カジノのオーナーが矢代であることを甲斐に知られてしまった。
 甲斐は矢代の素性を調べるよう部下に命じる。
 私は甲斐に身元が割れてしまった矢代の身を案じてやまない。


 物語は過去に戻り、甲斐と綱川には10年前からの因縁があったことが明らかになる。
 路上で「(暴力による)ガキの教育」をしていた甲斐を偶々通りかかった綱川が諫める。
 西の方の組から逃げてきて、奥山の口利きで桜一家の傘下に入った甲斐を綱川は「胡散臭え」と言って気に入らない様子だ。
 綱川に対して甲斐も「クソボンボンが…っ」と反発している。

 当時若頭だった綱川の親父(組長)の所に奥山が5千万円のアガリ(上納金)を持ってくる。
 その金が実は甲斐がタタキ(強盗)で手に入れたものだと知った綱川は表情を曇らす。
(この場面で綱川が「玲司」と呼ばれていて、一瞬誰かと思った。今更だが、矢代の下の名前は何だろう。ヨネダ先生は出すおつもりはないとのことなのでたぶん永遠に謎)

 甲斐がタタキに入ったところは綱川が「タネまいてた不動産投資の顧客」だったのだ。
 「知らなかった」とシラを切ろうとする甲斐の左瞼を、綱川は手に持ったナイフで容赦なく切りつける。
 甲斐の顔の傷はこの時にできたものだった。
 綱川には、甲斐が全部知っていて金をかすめ取ったことがわかっていた。
 甲斐たちが頭をカチ割った警備の人間は綱川が潜らせていた部下だったこともあり、綱川は甲斐にブチ切れている。

「甲斐のことは私のカオに免じて収めてくれませんか」と奥山が仲裁に入る。
 一億以上あった金を半分も持ち出した甲斐に対して、綱川は「ついでに小指落としても足りねぇ」と情けをかける気はない。 
 金を全額回収しても綱川の怒りは収まらず、甲斐を破門しようとする。

「…そこまでされたら私のカオが立ちません。私も恩のある人から頼まれてる」と奥山が言い出し、この先も甲斐の面倒を見ることになった。

 ここで奥山が意味深な発言をする。

奥山「極道には見えない天秤があると思いませんか。釣り合い、やったやられた、面子、報復、落とし前。その均衡が極道である限り続くとしたら…」
綱川「何が言いたい?」

 奥山は、やったことは自分に返ってくると言いたいのだろうか。
 いずれ綱川が甲斐(・奥山)から報復を受けることになると仄めかしているのならば、奥山は穏やかそうな見た目と違って随分挑戦的な物言いをする男だ。

 過去の奥山が口にした「天秤」が象徴的に描かれた次のコマで、理科の教材の天秤を眺めている仁姫の横顔が描かれ、時は現在に戻る。

 綱川のもとに百目鬼がやってきて、井波から得た情報を共有する。

 甲斐が出所してから共生会を焚き付けて仁姫の誘拐を企てた可能性があると知った連と綱川は奥山の指示を疑う。
 その奥山が最近姿を見せていないと聞き、綱川は百目鬼に奥山の調査と、神谷とともに元共生会の生き残りを見つけて白状させるように命じる。

 それから矢代に、「完全に手を引くように言え」と。
 三角には綱川から話をつけるようだ。
 百目鬼は「わかりました」と答えて矢代のマンションに向かう。
 
 車の中で、井波から受け取ったSDカードをじっと見つめる百目鬼。
 百目鬼にはもっと別に矢代と話したいことがある。

 矢代は上半身裸で下はスウェットという第40話でも見せた就寝時の姿で百目鬼を出迎える。
 このスタイル、個人的にはなんだか違和感があって、全裸か下半身は下着の方が矢代らしい気がしてしまう。

 百目鬼は井波から聞いた甲斐の情報とこの件からは手を引けという綱川の指令を矢代に伝える。
 
 矢代は一応、自分と七原の面が甲斐の手下に割れたことを百目鬼に言っておく。

 おそらくこの後、矢代たちが手を引いたとしても、甲斐の方から矢代たちに手を出してきて、矢代は嫌でも抗争に巻き込まれてしまうのだろうと私は予想している。

矢代「じゃ、俺の監視もお役御免てわけか」
百目鬼「そうなります」
矢代「話はそれだけか?」
百目鬼「それだけです」
矢代「じゃあもう行けよ」
百目鬼「失礼します」

 この場面の淡々とした会話は、ソファに座った矢代と距離を取って立ったままの百目鬼の姿が4コマ、固定カメラで撮られた映像のように描かれている。
 そして5コマ目でパタンと扉が閉まり、矢代はひとり部屋に残される。

 静かにタバコを取り出し、矢代が口に咥える。
 火をつけるより先に、その唇から、黒い革手袋に包まれた指先がタバコを奪う。
 いつの間にか百目鬼が戻ってきて、矢代の目の前にいる。

矢代「…返せよ」
百目鬼「嫌です」

 あーっ!! これは…!!
 またしても読者の気持ちが最高潮に盛り上がったところで、次号へ続く。

 きっと百目鬼は矢代に触れて、井波の言ったことを確かめるのだろう。
 自分になら矢代の体は熱く反応する。

「井波はあなたが勃たないと言っていました。どうして俺だと勃つんですか」と、今の百目鬼なら矢代を詰めかねない。

「お前が好きだから」とは言えない矢代はどうやって誤魔化すのか。
 矢代が言い逃れできないほど、百目鬼は厳しく追及してくるだろうか。

 百目鬼は矢代の勃起障害を知らなかった間、「今も変わらず誰とでもするんですね」(43話)とか、「あなたの体は本当にどうしようもない」「触らなくてもこんなになるんですね」(49話)とか、「早いですね。まだ動いてもないのに。本当にセックスが好きですね」(52話)とか、散々矢代を蔑むようなことを言ってきたけれど、そうやって矢代を傷つけたことが今度は自分に返ってくるに違いない。

 誰とやっても性的に興奮することも、生理的に射精することもできなかった矢代は、どんな思いで百目鬼の吐き出す冷たい言葉を聞いていただろうか。

 今や矢代は、百目鬼に触れられた時にだけ反応する体になってしまった。  
 さすがにもう百目鬼を愛している自分から逃げられないだろう。

 そんな矢代を前に、百目鬼はどうするのか。

 二人は互いの仮面を引き剥がし合って、隠し続けた本心をむき出しにすることができるのだろうか。

 「囀る」をリアルタイムで追いかける喜びは、尽きることがない。

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