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「囀る鳥は羽ばたかない」 第47話 感想

第47話

 扉絵は、座る矢代の背中に、そっと寄り添う百目鬼。
 このまま膝枕でもしてもらえばいいのに…と妄想してしまうが、いつか必ずやってくるその日を楽しみに、ページを開いて現実を見る。

 前回第46話はあまりにもショックが大きく、一晩眠れなくなった。あの時に比べたら、まだ落ちついて読めた。

 それでも、今回判明した百目鬼と矢代のそれぞれの秘密を知って、衝撃を受けた。(矢代については予想していたけれど…)


 七原と杉本が麻雀をしている場面から始まる。

 髪を伸ばし、ピアスやブレスレットを身に着けている杉本を見ると、大人になったなと思う。
 この4年間で、25歳だった百目鬼は29歳に、26歳だった杉本は30歳になり、それぞれ風貌も中身も変わっているけれど、もともと30代だった矢代や七原はそれほど変化していない。現実的だな、と思う。


杉本「今日は社長はどちらへ?」
七原「行くとこあるけど、俺はいらねぇってよ」


 七原のセリフだけで、矢代が男の所に遊びに行ったのだと予想がついた。チラ見せの一コマを見た時は、「百目鬼の所に行ったのかな」と期待を込めて考えていたが、違った。(井波だった)

 七原は第46話で百目鬼が矢代のマンションに半ば強引に入っていくのを見ていた。

七原: 心配でついていってみりゃ。口論してたけど…。ま、井波よりマシか

「百目鬼はわりとすぐ出てきたし」と考える七原は、矢代と百目鬼は≪していない≫と思っているようだ。
 ちゃんとしたセックスはしていないので半分は当たっている。


 矢代が桜一家の件に足を突っ込むのは、七原や杉本が言うように「金が眠ってるって思ってる」部分もあるのだろうが、やはり、百目鬼と関わっていたいからではないかと改めて思った。

 第45話で連と矢代が話している時も薄々感じていたけれど、七原や杉本が「金のため」と言えば言うほど、「本当は違うんだろうな」と思えてきた。

 矢代なら、こんな危ない橋を渡らなくても、もっと他に稼ぐ方法があるだろうし、そもそもそこまで「カネ=力」が欲しいと思うタイプではない。

 手を引けば、百目鬼との接点がなくなってしまうのが嫌なのだろう。


杉本「百目鬼やっぱ、足洗ってなかったんすねえ」

七原「社長のことも“矢代さん”なんて呼びやがって、当てつけかっつう態度よ」(もー、ホントそう。昔はあんなに可愛く「頭」って言ってたのに…)
杉本「当てつけ…ですか」
七原「捨てられたと思ってっから、恨み節のひとつも言いたくなんだろうけど」


 七原は、病院の屋上で百目鬼に「頭のことだけどよ。頭打って憶えてないって言ってんだわ。お前のこと」と告げた時のことを思い出している。(第6巻第35話および「飛ぶ鳥は言葉は持たない」)

 あの時、百目鬼は「わかりました」と言って、諦めた顔をしていたように七原には見えたが…。

七原「納得してたと思ったんだけどな」
  「俺が甘かったのか?もっと突き放しとくべきだったのか?」


 七原はこう言うけれど、七原の甘さというか人情には、百目鬼だけでなく私たち読者も救われている。


七原「今は違うみたいだからいいけどよ」
杉本「社長のことはもうなんとも思ってないってことですか」(そんなことはないけど)
七原「少なくとも、ただ慕ってたあの頃とは違うな」(そうですね…)

 そして、衝撃の発言…

七原「それにあいつ今は女がいるみてぇ」


 は!? …やっぱりそうなんだろうか。

「いや、違う!」と私はまだ思っている。

 しかも相手が、「ケツ持ちしてるクラブのママ」だなんて、ありきたり過ぎないか。
 まあ、別に女がいてもいいとは思う。29歳の普通の男なんだし、女がいたところで、好きなのは矢代で間違いないのだから。

 でも、それだと、7巻第37話の綱川との会話「そういやお前付き合ってる女は?」「いません」は何だったのか、ということになり物語の整合性が取れない。

 だから、私は百目鬼は女と関係を持っていないと考えている。
 たとえ、この3ページ後に、女のマンションに入る百目鬼の姿が描かれていたとしても。

 本当に女を抱いているシーンを目の当たりにするまでは、信じない。というか、違う意味で百目鬼を信じている。

七原「ただなぁ、女のことも、社長への冷めきった感じも、ガッカリしたようなほっとしたようなビミョーな気持ちになったのよ、俺は」

 私は今までの百目鬼の態度は全部、何か目的があっての演技だと思っている。だから、ガッカリもほっともしない。
 いつか本当の姿を見せてくれると信じている。



 第47話で明らかになった、最も重要なこと。

 それは、「矢代が男に犯されても勃たなくなっていた」ということだ。

 第44話、風呂場で百目鬼に触れられたことを思い出して矢代が自慰を始めた時に、矢代の局部が描かれず、勃起した様子も射精した様子もなかったから、もしかして…と思っていた。
 それが、第46話で百目鬼に愛撫され、すぐに達してしまった時の矢代の動揺を見て、確信に変わった。

 5巻で百目鬼とセックスした後、矢代は勃起障害になったのだろうと

 今回、そのことが疑いようもない事実として、読者の前に晒された。

 矢代が後ろ手に縛られて、井波に犯されている。

井波「相変わらず勃たねぇなあ。お前もう完全にインポだろ」
矢代「俺が勃たねぇから興奮するんだろ」

 井波はホテルで矢代とした時に、犯されながら勃起する矢代に対して「アソコは触ってもねぇのに大喜びでだらだら溢れさせやがって、気色悪ィ」(3巻第16話)と言っていたので、≪犯している相手が性的に反応しない方が興奮する≫趣味なのだろう。


井波「それで? あいつは、どうだった? 久しぶりだったんだろ? あのガキ随分お前を慕ってたよな。今日俺んとこ来たってことは、満足できなかったか? 勃ちもしねぇくせによくやるな」(それが、勃ったんですよ)



 ここから、矢代のモノローグ…


 四年前あのホテルで味を占めたこのクズ野郎に
 その後ひとりでいるところをレイプされて以来 (許しがたい)
 俺はずっとこうだ


 そうだったんだ…


男にレイプされて男なしではいられなくなったのに
今度は男にレイプされて何も感じないカラダになった


 百目鬼とのセックスは、矢代をこんなふうに変えてしまっていたとは。
 ある程度予想はしていたけれど、やはり矢代の口から語られるとショックは大きかった。

 でも、このことは逆に、誰彼構わずセックスをする「ドMで淫乱」から脱却するチャンスなのではないだろうか。


 俺はもう本当に
 本当にどうでもよくて
 どうにもならなくて
 痛いだけマシだとすら思っていた


 こんな気持ちを抱えながら、矢代は第46話で百目鬼にイかされたのか。
 一人ベッドに取り残され、顔を覆って「笑える」と言いながら泣いていた矢代の胸の内を思うと、つらくなる。

 もう、男と暴力的なセックスをしても、勃ちもしないし快感を得られないと思っていたのに、百目鬼に触られただけですぐに「感じる」なんて。

「嘘だろ。こんな簡単なことで…」(第46話)と矢代が愕然としたのも当然だ。


 井波に犯されながら、矢代は百目鬼のことを思い出す。


どこかでわかっていた 知らなければ 失くすこともなかった


 一口齧った林檎が転がる。

 林檎が意味するものはもちろん、エデンの園の禁断の果実。

 でも、矢代はもともとエデンのような楽園にいたわけではないから、その果実を口にして「本当の愛」を知った方が良いと思う。

 矢代が失ったものは、まだ取り戻せる。

 欲しいものは、すぐ側にある。苦しくても、もう一度手を伸ばして掴めばいい。

 その道のりは、決して楽なものではないだろうけど。



 矢代は井波にマンションまで車で送ってもらう。

井波「いい加減車で来いよ」
矢代「部下が運転させたがらねえんだ」

 矢代は以前から運転が下手で、すぐに愛車をボコボコにしてしまうけれど、右目の視力を失っている今となっては、もう運転するわけにはいかない。それを隠してこう答えているのだろう。

 井波は百目鬼が桜一家にいることを知り、「まともだった人間が転落していくの楽しいだろ」と嫌味を言う。

 世間的には、カタギの人間がどっぷりヤクザの世界に浸かっていくことは「転落」なのかもしれないが、百目鬼は矢代と関わりを持つために極道の世界にいることを選んだから、少しも「落ちている」感じはしない。
 むしろ、桜一家で認められ一人前のヤクザになって、前より立派になっているようにさえ見えるから不思議だ。

矢代「なぁ。あいつさ、お前に俺が情報流してると思ってんだぜ」
  「つまり、俺の方がお前とやりたがっているって思ってるわけだ
  (つまり、本当は違うということだ。矢代は井波とやりたくなんかない)
井波「やりたがってんだろ?てめーはよ」
  「動機はどうでもいいが、暴力受けたがってんだろうが


 井波のセリフを聞いて、矢代は一瞬ハッとしたような顔をし、それから笑う。

 図星だったからだろうと思う。

 矢代は暴力を受けたがっている。幼少期の暴力で受けた痛みと傷を忘れ、過去に蓋をしておくために。


 そこに百目鬼がやって来て、第45話のラストシーンと同じような展開になる。


井波「笑ってる場合じゃねえぞ。番犬がおっかねぇ顔して向かってくんぞ」
矢代「もう番犬じゃない


 チラ見せで、このコマを見た時は「もう番犬じゃない」は百目鬼のセリフなのかと思っていた。
 だから、こんな怖い顔してそんなこと言って、また矢代を傷つけるんじゃないかと心配していた。(違ってよかった)


 百目鬼は矢代に連絡しようとしていたけれど、「七原さんの番号しかわからなかったので」矢代のマンションの前で待っていたようだ。

 本当に矢代のことを何とも思っていないなら(そんなことはありえないが)、ただの仕事の繋がりなのだから、七原に連絡して矢代の番号を聞けばいいようにも思うが、そうはできない事情があるのだろう。

 百目鬼は、矢代が井波との関係を続けていることに怒っていて、怖い顔で井波に「…行けよ」と言い捨てる。

百目鬼「何をしてたんですが」
矢代「まぁ、ナニだな」(正直)
百目鬼「俺で我慢するよう言いましたが」
矢代「了承してない」

 少し気まずそうに、百目鬼から目を逸らした矢代が可愛いと思う。

 そんな矢代を見て、百目鬼は諦めたように目を伏せ

「来てもらいます」

 と言うのだった。

 さあ、どこに…?

 今回、矢代が井波とセックスしたのは、やっぱり確かめたかったからなのだろうなと思う。

 自分が勃ったのは、百目鬼が相手だったからなのかどうか。

 そして、見事にそうだった。

 矢代はもう、百目鬼とじゃないと勃たなくなってしまった。

 それがどういうことを意味するのか、突き詰めれば矢代にはすぐにわかってしまうと思う。

 自分は百目鬼が好きだから、百目鬼じゃないとだめなんだと。

 かつて自分から別れた相手を好きになってしまったことを自覚した矢代は、自分の変化を受け入れざるを得なくなるだろう。

 私はその時を待っている。

 矢代が本当に人を愛せるようになる時を。


 

 第47話 感想 その2 (こちらが考察になります)

 


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