「囀る鳥は羽ばたかない」について 第44話

第44話 (ihr HertZ  2021年5月号)


 巻頭カラーの表紙が最高にいい。

 人気のない非常階段で、矢代の左腕を後ろから押さえつけ、右手でネクタイを引っ張る百目鬼。よく見ると百目鬼の脚の間に矢代の体が入りこんでいる。大変エロい。私はこの絵のポストカードやクリアファイルが欲しいと思った。

 だが、コピーは気になる。
「矢代と百目鬼 対等になった二人の 新たな関係が始まる‼」

 ……。対等になって欲しくなかった。
 精神的にはともかく、社会的な背景や立場上は対等な関係がベースになくても恋愛はかまわない。というか、関係に落差がある方がときめく。

 百目鬼に借金があるとか脅されているとか、何かやむにやまれぬ事情があって矢代の部下にならざるを得ない、とかならともかく、矢代は「やめたくなったら早めに言え」とまで言って百目鬼を手放そうとしていた。百目鬼は辞めたければいつでも矢代から離れることができたのに、自分の意志でそうしなかった。
 二人は主従関係ではあったけれど、百目鬼は強制的に隷属させられていたわけではない。
 だから、もしかしたら根本的には昔から対等だったのかもしれない。

 私は百目鬼に矢代の部下でいて欲しかったんだということを、この回を読んではっきりと自覚した。上司と部下と言う関係が好きだったんだと。

 昔は躊躇いながらそっと触れていた矢代の髪を引っ張る百目鬼なんて見たくなかった。(お好きな方がいるのはわかります)

 百目鬼の方が力が強いのだから、矢代に無理強いしようとすればいつでも何でもできてしまう。でも、好きだからしない、という関係がよかったのに。

 このシーンでの百目鬼の心情を私は理解することができない。一体どういうつもりで「誰でもいいなら俺ともできますよね」みたいなことを言って、矢代を押さえつけてキスまでしようとするのか。神谷たちの声が聞こえなかったら、少なくともキスはしていただろう。こんなやり方で昔好きだった(今も好きなのだろうが)矢代に触れることに何の意味があるのだろうか。


 神谷の存在によって二人の緊張の糸は切れ、百目鬼のため息とともに読者もほっとするのだけれど、百目鬼が矢代の頭の上にぽんとバスタオルを乗せるところも個人的には気に入らなかった。(お好きな方がいるのはわかりますが)やっぱり矢代に傅いて優しく拭いてあげるべき。百目鬼なんだから!!
 神谷に立ち聞きされても二人は動じない。


神谷「あんな態度とられてよく平気だな」

(ほんとだよ)


矢代「恨んでんだろ 俺のこと。嫌がらせだ嫌がらせ」


 と矢代はまとめるけれど。百目鬼の気持ちはまだわからない。
 矢代は綱川が神谷を百目鬼の目付け役にしていることに気づく。そんな矢代を見て七原は「なんか冷や冷やするんだよな。綱川とこの人見てっと」と感じる。
 きっとこの後矢代と綱川が対立するのだろうと私も思う。城戸の事件でも百目鬼のことでも。その時百目鬼はどうするのだろう。桜一家に身を置きながら、矢代の側に付くなどということはできないと思うが、そう簡単に組を抜けることもできないのは目に見えている。


 七原が風呂に行き、部屋で一人になると矢代はさっき触れた百目鬼を思い出しながら自慰をする。最後まで達したのかどうかはわからない。この行為によって、矢代がまだ百目鬼を想っていること、したいと感じていることが明確になる。
 翌朝、矢代、七原、百目鬼、神谷の4人は連れ立って、城戸をおびき出すために出かける。
 矢代と百目鬼はしれっとして、何事もなかったように振舞っている。
「…すみません」と神谷の失礼な態度について謝る百目鬼に

「てっきり昨日のこと謝ってんのかと思った」

 と矢代が言う。
 百目鬼は目を逸らしたまま

「謝ることは何もありません」

 と答える。


 ≪いや、あるだろう!≫と私は思う。謝らなくていいことまで「すみません」と言っていた、6巻までの百目鬼を思い出しながら…。

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