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おげれつたなか先生「ハッピー・オブ・ジ・エンド2」 感想 その3 浩然の漆黒の瞳に光が射す時

ep.09


 冒頭の「傍から見たら同じ絵…」で始まるモノローグは一体誰のものなのだろう。

「絵なんか描いたことない」と言う浩然ではないと思った。

 では、千紘?

 でも、千紘が目指していたのはカメラマンで、画家ではない。
 このモノローグは、「画家を志す人」にこそ相応しいように思えるのだが…。


 スタバで買った飲み物を片手に、道を歩く千紘と浩然。
 千紘は視界に入ったカメラ屋が気になる様子だ。
 千紘はカメラマンを目指していたものの、ブラックな職場だったアシスタント時代に「才能ねーよ」と言われてやめてしまった。
 でも、カメラマンになることを「あき……」(諦めた)とは言えなくて、「……やめた」と言い直していた(ep.07)からには、まだ心残りがある。

 浩然が「趣味で撮ったらいいのに」「買おうか?カメラ」と言ってくれるけれど、千紘は「バイトして型落ちか中古か買おうかな」と≪自分で選んで自分の金で買う≫ことにする。

 いつまでも無職のヒモを続けるわけにもいかないだろうし、浩然と支え合って生きていく上でも仕事にはついた方がいい、と社会人になって長い私は考える。
 きっと千紘は再びカメラマンになる道を進むのだろう。

 趣味がない浩然に、「絵とか」と千紘がさらっと言うのを聞いて、絵が上手い人(おげれつ先生)の発想だな、と思った。
 普通の人はなかなか絵を描くことを趣味にはできない…。


 コンビニで煙草を買う千紘を待つ浩然の前に、マヤが現れる。
 ついに浩然は過去に追いつかれた。

 マヤが予想よりも小柄で、軽い感じで浩然に話しかけたのは意外だった。
 マスクの下に隠されていたマヤの歯はボロボロだ。シンナーや覚せい剤の影響だろう。
「なんか反応薄くねぇ? 久々だろ?」とマヤに聞かれて、「ああ……」と答える浩然はストレスで汗をかいている。

 そこに煙草を買った千紘が戻って来る。

「保護施設いた時の思い出プレゼント置いといたの、見てくれた?」とマヤが言う。

 ep.02で浩然がアパートの階段で拾ったインスタントカメラは、マヤが置いておいたものだった。
 千紘が現像した「カエルの写真」が「保護施設いた時の思い出プレゼント」だということは、浩然とマヤ(あるいはどちらか一方?)が保護施設にいた時に「カエル」がプレゼントになったということだろうか。

 千紘が「浩然行こう」と呼びかけるのを聞いて、
 マヤは「え! 今そんな名前? ケイトまでしか知んねぇよ」と驚く。

 マヤは浩然の本名を知らない。
 浩然は、もしかしたら千紘にだけ本名を教えたのかもしれない。本当に心を開いた証として。

「また一緒に仕事やんない?」と誘うマヤに

「マヤ。もうマヤとは仕事しない。会うこともない」
「必要ないから」


と、浩然はマヤと目を合わせることができず、汗を滴らせ緊張しながらも、きっぱり言うことができた。千紘が傍にいてくれたからだと思う。
 浩然がもの凄く頑張ってこのセリフを言ったのがわかる。

 初めてマヤと会って、千紘は「気味悪い奴…」と感じる。

 マヤに見つかってしまった浩然は、身を隠すために家に戻らず、千紘を連れてラブホテルに泊まる。
 浩然と初めて会った時以来、久しぶりにラブホテルに来た千紘は、灰皿の上に置かれたコンドームを見ながらドキドキしている。

 そんな千紘の期待に勘付いたのか、
「今日は勃たない。ごめんね」と浩然が謝る。

「別に期待してねぇよ!! ラブホだからってガキか俺は!」

と強がりながらも(俺はガキです)と認める千紘が可愛い。本当はしたかったんだね。

 眠っている千紘の隣で、浩然はマヤの言葉を思い出す。

「俺と隼人って似てるよ」
「てかもう『一緒』じゃねえ?」

 ソウルメイト、運命共同体……そう言ってマヤは、自分と浩然を同一視している。

 ちがう 俺とマヤはちがう
 俺はもう ちがうんだ

 千紘の寝顔を見つめる浩然の黒い瞳には、光が射している。

浩然の黒い瞳


 浩然の耳の変形には気づくことができなかった私だが、瞳の光のことは1巻から気になっていた。

 千紘と嬉しそうに会話したり、セックスしたりするときにだけ、浩然の漆黒の瞳には光が射す。

 ep.01では最初から最後まで真っ黒い瞳のままで、ep.02でもらったインスタントカメラのフィルムが1枚残っていたことを喜ぶ千紘の笑顔を見た時に初めて、浩然の瞳の中に白い小さな輝きが宿る。

 幼少期からマヤのSMクラブにいた頃までは闇のように黒い目をしている。
 絶望そのもののような暗黒。
 千紘に「良い名前だな」とほめられた時にははっきりキラキラしていたのに、「母」が死んでしまうと真っ黒に戻り、踏切で千紘を助けた後、再び光が射す。
 巻末の読み切りで二人がイチャイチャしているシーンでは、ずっと光が入っている。
 この先も、つらいことがあると浩然の瞳は光を失い、暗闇に戻ってしまう。
 浩然の漆黒の瞳に射す光は、浩然の喜び、希望、幸福そのものなのだ。
 瞳の光で浩然の感情を表現されているおげれつ先生の精密な演出に、私は圧倒されるばかりだ。


 浩然がマヤに「もうマヤとは仕事しない」と言えたこと、「俺とマヤはちがう」とはっきり自覚したことは、彼にとって大きな変化だと思う。
 千紘に出会えたから、浩然は変わることができた。でも、まだ浩然は過去を乗り越えたわけではないから、グラグラしている。

 長引くラブホ暮らしに千紘が飽きているのではないか浩然は心配になる。

浩然「そろそろ家帰りたい?」
千紘「……別に、どこでも変わんねぇし」

 優しく浩然の頬に触れ、

「お前がいれば、それでいいってこと」


 まるで何でもないことのように、殺し文句を口にする千紘。
 千紘のセリフは、浩然の心に刺さったようだ。

 一緒に湯船につかりながら、浩然は自らの体の傷跡とマヤについて話し始める。
 この時まで千紘が浩然の体の傷について何も聞かなかったことに、私は心底感動している。
 千紘は浩然の傷跡も過去も、そのまま受け入れているのだ。
 浩然が千紘につらい過去を話すことができるのは、自分が受容されていると感じているからだと思う。

 浩然はマヤの経営していたSMクラブで働いていたこと、マヤを警察に売ったのは自分だったことを告白する。

「マヤは俺に復讐したいんだ」

 と浩然は言うけれど、本当にそうだろうか。
 浩然と再会した時の様子から、マヤはもう一度浩然と働きたい、一緒にいたいのではないかと思う。
 マヤには「自分と同じ」浩然が必要だから。

 お風呂から上がった浩然が書いた絵を見て、千紘が爆笑する。
 おげれつ先生ほど絵の上手な方が、浩然の手を借りてわざと下手な絵を描くのってどんなお気持ちなのだろう。
 浩然が描いた犬、とても可愛い。

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