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「囀る鳥は羽ばたかない」 第53話 感想

 

第53話


 矢代が百目鬼のネクタイに指を絡め、顔と体を寄せ合う表紙の二人の雰囲気が以前より少し柔らかくなっている気がして油断したのも束の間、第53話の扉絵を見た瞬間、私の心はすっと凍りついた。

 後ろ手に縛られて、跪く矢代。
 矢代の頬に左手をかけた百目鬼が、このまま股間に顔を引き寄せて「舐めろ」とか「咥えろ」とでも言い出しそうな衝撃の構図。

両手を縛られる」ことは、矢代にとって象徴的な行為なのだと改めて思う。

 幼い頃義父に犯された時から、第1話冒頭で刑事とヤッていた時も、井波とのセックス中も、ずっと矢代は両手を縛られている。

 矢代が痛みと苦しみに囚われ続けていることの象徴なのだろう。
(百目鬼の背中に彫られた天女様も、両手を拘束されているように見える)

 こんな姿の矢代を平然と見下ろして跪かせたままにしておく百目鬼なんて、見たくなかった。

 第46話では「縛りましょうか?」と言い出すし、50話では実際に自分のネクタイで矢代の両手を縛り上げるし…。
 
 矢代を苦しめる縛めを解き放つのが百目鬼の役目でしょ?と思いながら第53話を読み始めたのだった。


 百目鬼は桜一家の若頭である連に電話をかけ、山川が見つかったことを報告する。
 これから潜伏先に向かうと告げた百目鬼に、連は「あの男(矢代)とは距離置けよ。親父が良く思わねぇのはわかるな?」と釘を刺す。

 「…わかっています。今はただの客人です」

 口ではそう答えながらも、百目鬼は先ほどまで自分の部屋で矢代を抱いていたことを思い出し、「よく言うな」と自嘲する。

 私の予想通り、矢代と綱川が百目鬼を取り合う構図になっている。
 今後百目鬼が再び矢代の側にいたいと願っても、綱川はそう簡単に百目鬼を離さないだろう。
 近いうちに、矢代と綱川が対決する気がする。
 その時、百目鬼は一体どうするつもりなのだろうか。

 第52話の終わりから時は少し戻り、セックス中に意識を飛ばして眠ってしまった矢代を百目鬼が見つめている。
 ここでモノローグでも…、と期待したタイミングで矢代のスマホが鳴る。

 七原からの電話に代わりに出た百目鬼は、山川が見つかったことを知らされる。
 これから二人で山川がいる渋谷に向かうと答えた後、矢代が寝ているベッドに腰かけたまま、「七原さん」と百目鬼が切り出す。

「矢代さんは、どこか悪いんですか」

 やっと矢代を心配する百目鬼の本音が聞けて、私は嬉しかった。

七原「何でだよ」
百目鬼「何度か気になることが。気のせいかもしれませんが」 

 百目鬼は、綱川の家の風呂場で矢代がドアの取っ手を掴み損ねてふらついたこと、自宅の鍵穴に鍵を差し込むのに時間がかかっていたことを思い出している。
 さすがに百目鬼は矢代のことをよく見ていた。

 百目鬼の質問にハッとしながらも、七原は勿論矢代の右目が見えないことはバラさない。

七原「気のせいだろうが何だろうが、てめえに関係ねえだろ」
  「立場弁えろ」

 百目鬼は寂しそうな表情で「…そうですね」と答える。
 今の自分には矢代の個人的な秘密を知る権利はなく、矢代を心配する立場でもないことを自覚しながら。

 渋谷に向かうために車に乗り込んだ矢代が前髪を下ろしたままであるのを百目鬼が気にする。

百目鬼「その髪で行くつもりですか?」
矢代「? 悪いかよ」」
百目鬼「ヤクザには見えません」
矢代「今はヤクザじゃねぇからいいんだよ。お前と違って」
百目鬼「俺以外の前ではやめた方がいい

「なんだそりゃ」と矢代が答える。「え、なんで?」と私も思った。
 百目鬼が急に面倒くさい彼氏みたいなことを言いだした。

 ヤクザっぽく見えなくて、威厳がないから?
 でも、矢代にはそんな見せかけのはったりは必要ない。もはや真誠会の若頭でもないのだし。

 「前髪を下ろした可愛い姿を、俺以外の人に見せないでください」と言っているようにしか思えない。

 助手席に座った矢代は窓を開けてタバコを吸いながら、百目鬼に話しかける。

矢代「お前さあ、俺が井波以外の奴とヤんのも怒んのな
百目鬼「?」
矢代「城戸だよ。別にあいつにやるネタなんてねえのに」

 意識が飛ぶほど犯された後でも、矢代が状況を冷静に把握していたことに驚いた。

 矢代が城戸とヤろうとした時、部屋に乗り込んできた百目鬼はめちゃくちゃ怒っていたのだ。

 井波とセックスするのは、「矢代が井波に情報を流す可能性があるから」怒っていることにしても、城戸のことはどう説明するのだろう。

 このページを発売前のチラ見せで読んだ時から、私は百目鬼が矢代に何と答えるのかを楽しみにしていた。

 百目鬼は何の言い訳もせず、

「怒りますね」

とあっさり答える。

矢代「なんで?」
百目鬼「腹が立つのに理由がいりますか?」

 ここで矢代は、これ以上百目鬼を問い詰めることなく、

≪そっか。本当にコイツは俺に腹が立ってんだ。男が好きな俺に≫

と一人で納得してしまう。

≪だから、あの時みたいには抱かないんだな

 矢代は、4年前の百目鬼とのセックスを思い出すのだった。(!)

「俺しか、いらなくなるように。俺しか、欲しくなくなるように」


 そう言って裸の矢代を抱き締めた、百目鬼のセリフとともに。

 矢代を愛しているから、自分だけのものにしたい。
 百目鬼の想いは変わらないけれど、矢代にはそんなことはわからない。

 矢代はただ、

 ≪呪いにかかったままの俺は、昔のお前ばっか探してる

 と悲しそうに窓の外を眺めるのだった。

 愛は呪い!
愛ほど歪んだ呪いはない」という、私が今ハマりにハマっている「呪術廻戦」の名セリフを「囀る」で思い出すことになろうとは!

 矢代が「呪い」と呼ぶものは何なのか。

俺しか、いらなくなるように。俺しか、欲しくなくなるように」という百目鬼の願い(愛)を呪い」と矢代が捉えているのならば、「呪いにかかったままの俺」=「百目鬼しかいらない、欲しくない矢代」つまり「まだお前を愛している俺」ということになる。

 あるいは「人を愛することができない」という呪いだろうか。
 矢代がこの呪いにかかっているのは間違いない。
 物語の終わりには、必ず祓うことができると信じているけれども。

 矢代は、朴訥として素直で、自分を愛していた昔の百目鬼を探している。

 第52話でも、矢代の嫌味に気づいた百目鬼に「よくわかったなあ! 昔のお前なら…」と言いかけた。
 
 あの時みたいには抱かないんだな=自分を愛していたあの時みたいに抱いてほしいという矢代の本音が胸に刺さる。

 渋谷Kビルの前で七原が待っている。
 七原も矢代が髪を下ろしていることが気になる。
 矢代を慕う部下たちは些細な変化に気づくし、前髪を下ろしている矢代があまりに可愛いからソワソワするのかもしれない。

 矢代たちはKビルの出入りがよく見える別のビルの喫茶店に移動する。
 どうやら山川はKビルの上の階に匿われているようだ。

 百目鬼が突然「俺が行ってきます」と無謀なことを言い出すから、「待て待て待て。中に何人いるかもわからねぇだろ」と七原が止める。

「大丈夫です。一人で行きます」と百目鬼は答えるけれど、私でも大丈夫じゃないと思う。
 百目鬼は何を考えているのだろう。

 Kビルの前に停まった車から、以前取り逃がした(第45話)共生会の残党(今は渋谷の半グレ集団「竜頭」)と、奥山組の甲斐が現れる。

 矢代たちは甲斐のことを知らないので、いかにも極道な風貌の男の写真を撮って身元を調べ始める。

 「ションベン」と言って席を外した矢代は、井波に写真を送り、身元を調べるよう命じる。
 しかし、井波は只では言うことを聞かない。

「欲しいならお前が来いよ」と見返りに矢代の体を要求する。
(すっかり矢代の虜だな)

 矢代は(行きたくないし、行ったら百目鬼が怒るから?)少し黙った後、仕方なく「わかった。今日行…」と言いかけるのだが、いつの間にか背後に百目鬼が立っていて矢代の手からスマホを奪い「俺が行く」と返すのだった。

 今回矢代は本当にトイレに行って電話をかけていたが、第50話で矢代が食事中に席を立ち城戸の部屋に向かったのを捕まえ損ねた反省からか、百目鬼はすぐに後を追ってきていた。

 意外にも、井波は矢代の代わりに百目鬼が来ることを承諾する。

井波「いいぜ。お前には興味あっからな」
  「いい動画があるんだ。二人で鑑賞会しようじゃねぇか」

 井波は矢代に寝首をかかれないように、保険で性行為を隠し撮りしていたのだった。(本当に最低なヤツ)

井波「本人には脅しにならなくてよ。困ってたんだ。助けてくれよ」

「助けてくれよ」の真意は不明だが、井波が矢代のセックス動画を持っていて、それを百目鬼に見せようとしているのは間違いない。

 昔、ホテルで井波を殴った頃とは違って、大人になった百目鬼は冷静に井波に場所を尋ね「少し外します」と言い残して出かけて行く。

 百目鬼はこれから井波と会うだろう。

 そして、井波に犯されながら、勃起も射精もしない矢代の動画を目の当たりにするに違いない

 井波はきっと矢代が勃たないことを暴露する。

 その時、百目鬼は気づくだろうか。
 矢代の体が反応するのは、自分だけなのだということに。
 そして、それはなぜなのかと考えるだろうか。

 テーブルに座って待っていた七原のもとに矢代だけが戻ってくる。

 真相は教えなかったが、七原は百目鬼が「矢代さんは、どこか悪いんですか」と矢代を心配していたことを思い出し、

「まぁ俺はちょっと安心しましたけどね」

 と生意気になった百目鬼にも昔と変わらない部分があったことにほっとしている様子だ。

 矢代は「なんにだよ。クソが」と七原におしぼりを投げつける。(可愛い)

七原「あんまり変わってなかったりすんのかと思ったんす」
矢代「どこがだよ。刺青まで入れやがって」

 矢代は不機嫌だ。百目鬼が何を考えているかわからないし、勝手に井波に会いに行ってしまうし…。

 二人の会話に聞き耳を立てる怪しいウェイターの姿が気になる。
 奥山組の関係者だろうか。

 百目鬼から送られた写真を連が綱川に見せる。
 綱川はそれが誰だか知っていた。
「やはり、そうか。甲斐」と呟く。
 綱川と甲斐との間には因縁があるのだろう。
 いよいよ抗争が勃発しそうな、不穏な空気が漂っている。

 第52話で一山越えたから、今回はきっとヤクザパートで心穏やかに読めるはず…という事前の予想に反して、第53話はとても切なく、グッとくる内容で大満足だった。

 濃厚なセックスシーンがあった52話よりも、今回の方がずっと矢代と百目鬼の想いが伝わってきて良かった。

 特に矢代の前髪を下ろした姿を見て「俺以外の前ではやめた方がいい」、他の男とセックスしたら「怒りますね」と百目鬼が言った場面では、「ああ、ついに矢代を愛する百目鬼の本音が…!」と嬉しくなった。

 百目鬼は矢代を愛している。
「この身体を、もう誰にも触れさせたくない」と矢代を抱き締めた5巻の頃と同じ独占欲を、違う形で表現しているだけなのだ。

 七原との会話で、百目鬼が矢代の体を心配していることがはっきりわかったのも良かった。

 矢代がついに4年前のセックスを回想し、百目鬼のセリフをちゃんと覚えていたことにも感動した。

≪あの時みたいには抱かないんだな≫と寂しそうに窓の外を眺める矢代の姿が切なかった。

 矢代は、百目鬼にあの頃のように愛してほしいと願っている。

 矢代は今の百目鬼が好きだけど、百目鬼が好きだったのは昔の自分で、今はもう愛されていないと思っているから、矢代は昔の百目鬼を探してしまう。

 七原は百目鬼があんまり変わっていないことにほっとしていたけれど、矢代から見れば、百目鬼はすっかり変わってしまった。

 百目鬼への恋を自覚したところで、過去にあんな形で突き放しておいて、今更「好きだ」なんて口が裂けても言えない矢代の気持ちがよくわかる。


 井波に会いに行った百目鬼は、きっと気持ちが悪くなるような動画を見せられるだろうけど、矢代の秘密を知ることで二人の関係は大きく変化するはずだ。
 続きが楽しみで仕方ない。 


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