もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その1)

 10年くらい前に流行った『もしドラ』を意識して書いた小説です。
 自分がよく行くスナックで行われていることを脚色して書きました。
 『もしドラ』と違って、テーマごとに違う話が展開する短編連作です。

※ 第1話から読みたい方は、もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第1話 仕事の仕方と学び方から読むことをおすすめします。

 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その1)
 その日のスナック「おしゃれ猫」には女の子が一人もいなかった。
 もう8時10分くらいで、営業時間に入っているが、あいにくこの日はみんな都合が悪くマスターが1人で営業している。
 女の子で最初に来るのはたぶんルカで、9時半の予定。用事があるから遅れると言っていた。
 そこへ、沢田さんが例によって「大登場」と言いながら入ってきた。もっとも、最近はだいたいそうなのだが、あの手をぶらぶらさせる「カッコいいポーズ」はやらない。
 入ってくるとカウンターの端のほうに座った。
「あいにく、今日は女の子が誰も来ていないんだ」
 と言いつつマスターは、沢田さんのボトルを出し、水割りをつくる。
 その後、二人でなんとなくお客さんの噂話やらプロ野球の話やら時事的な話やらをしていたが、あまり話題もなくなってきて、マスターは言った。「将棋でもやろうか?」
「いやー、マスター強そうだからなあ」
「でも沢田さんも強そうだ」
「まあ、一局だけやりましょうか」
「将棋盤はあったかな」
 マスターが店の隅っこに置いてある紙袋をごそごそ探してみると、ハロウィンで仮装するためのお面やらクリスマス用のサンタさんの帽子やらに混じって、ほこりだらけの将棋盤と駒があった。
 盤を水で濡らしたタオルでふいてからティッシュペーパーで水気をとり、カウンターに持って来た。
 駒箱をひっくり返して駒を盤の上にあけると、じゃらじゃらと音がした。(いい音だな)
 沢田さんの口元がほころんだ。
 1局指してみると、沢田さんはマスターには全然歯が立たない。20分くらいすると大差でマスターが勝った。
「マスターは強いなあ。もう一局だけやりましょう」
 と言って指し始めたがまた大差で負けた。
「マスターはどうしてそんなに将棋が強いの?ぼくも、昔けっこう熱中してやったことがあるんだけど」
「そうだな。俺の場合は、学生時代将棋部に入っていたんだ」
「そうか。大学の将棋部にいた人は強いからな」
「将棋部にいたと言ってもいろいろな人がいるけどね。まあ俺の場合、将棋部にいた時に強くなったのは、それは確かにそうなんだけど、一時期すごい変なことがあって、その時に特に急激に強くなった」
「変なことって、どんなこと?」
「話したことなかったっけ」
「うん。たぶん聞いてないと思う」
 マスターは自分の学生時代の体験を語り出した。

※ 次の話→もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その2)

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