ヒステリックな女教師の思い出⑦

※ 作者の自己紹介等:自己紹介とnoteの主な記事
※ 最初から読みたい方は、ヒステリックな女教師の思い出①から読むことをおすすめします。 
※ ひとつ前の話→ヒステリックな女教師の思い出⑥

 薄暗い階段を下りて行き、1階から外に出ようとしたら、警備員さんにいきなり襟首をつかまれ、「おい」と呼び止められた。
 ついてない日だったのだと思う。
「おい、お前、今までどうしていたんだ。トイレを貸してほしいというから場所を教えたら戻ってこないじゃないか」
 いきなり、「おい」とか「お前」なんていわれたのでぼくは少しむっとしていたと思う。
「いえ、トイレの場所を教えてもらっただけで、トイレのためだけにここに来たわけではありません。その後、3階に行きました」
「おい、お前。なんで3階なんかにいったんだ」
「3階で経営アドバイザーの人と話す用事がありました」
「おい、お前、3階に行ったんだって。そこで何やってたんだ」
「今申し上げたとおり、経営アドバイザーの軽部先生と話をしていました」
「あい、お前、トイレを貸してほしいって言ってただろう」
「トイレはどこですかって聞いたんですよ」
「おい、お前はトイレを貸して欲しいって言ってたじゃないか」
「トイレはどこですかって聞いただけですよ」
「おい、お前はトイレを貸して欲しいって言ってたじゃないか」
「同じことを何回もいわないでもわかりますよ。トイレの場所を聞くのがそんなにいけないことなんですか」
 警備員さんもさっきの軽部元校長と同じで、あんまり相手の話を聞いてない。
 その時通りかかった、研修センターの職員らしきスーツを着た背の高い中年の紳士が言った。
「えーと、今のお話を少し聞かせていただいていたんですが、トイレに行ったあとどこに行ったんでしたっけ」
「それは今、警備員さんに話したんですけど3階に行きました」
「それで3階の誰かに用があったんですか」
「ええ、今警備員さんにお話しした通りで、学校経営アドバイザーの軽部先生と話をする約束をしていました」
「まあ、そういう時は入口で警備員さんにそのことを話した方がいい」
「でも、いつもの研修の時はそんなことしませんよ」
「『何時から何々の研修がある』という時は、あらかじめその時間に教員がぞろぞろ来るとわかっているからそういう場合はいいんだけど、今日みたいにここの職員に個人的に用事があるようなときは言わないと誤解される」
「わかりました」
 すると、警備員さんが急に態度を変え「すみません」と謝った。
 それにしても、ぼくが何を言っても聞かないのに、センターの職員が話すと急に態度が変わるのだから、どうにも腹が立つ。まあ、自分の言い方も聞かれたことに端的に答えるのみで芸がなかったかもしれない。もう少し相手に合った言い方をするべきだったような気もするが、それにしてもいきなり襟首をつかんで「おい、お前…」なんて言うのはよくない。なんとなく軽部元校長に似ていると思った。この建物の中にいると人間が似てきてしまうのだろうか。
 もっとも、その時通りかかった職員らしき人はわりあい冷静で話がわかる感じだったので、人によるのだろうか。
 でも、彼だってたまたま立場的に第三者的な視点で物事を見られるところにいたのだから、もともと持っているものの見方・考え方が違うかどうかはわからないし、彼が軽部元校長や警備員さんと本質的に違うのかどうかはなんとも言えない。
 警備員さんもあやまっているんだし、早く帰りたいので、文句も言わず帰ることにした。
〈なんだかなー。なんだか今日は、極端に一方的なもの言いをする人物によく会う日だな。それにしても、ずっと公務員ばかりやっていると、軽部元校長みたいになっちゃうのかな。どうも自分の将来の姿を見せられているみたいで嫌だなあ。家に戻って幸子ちゃん(自分の奥さん)に今日の出来事を話しても、「ふーん」なんて言われるだけかもしれない。どうも調子がくるってしまったので、今日はスナックに行こうかな〉
 いきつけのスナックに行こうかどうか考えつつ教職員研修センターを後にした。
 あたりはもうすっかり暗くなっていた。
 振り返ると、研修センターの巨大な建物が闇に浮かんでいるのが見える。〈どこか寂しげな感じだなあ〉
〈まるで恐竜みたいだ〉
 そんなことを思った。

※ 次の話→ヒステリックな女教師の思い出⑧

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