ヒステリックな女教師の思い出④

※ 作者の自己紹介等:自己紹介とnoteの主な記事
※ 最初から読みたい方は、ヒステリックな女教師の思い出①から読むことをおすすめします。 
※ ひとつ前の話→ヒステリックな女教師の思い出③

 教職員研修センターにつくと、トイレに行きたくなったので入口のところにいる警備員さんに場所を聞いた。その警備員さんは、黒っぽい制服を着た小柄で少し神経質そうな雰囲気の人で、指で指してトイレのある方向を教えてくれた。
 トイレに行ってから、指定された3階の軽部元校長先生のいる部屋に行った。そこは、天井が高くて蛍光灯がたくさんついているばかに明るい大部屋、全体的に白っぽくて影がほとんどないがらんとした空間で、無機質な印象だった。 
 部屋に入るとすぐ、軽部元校長先生の姿が目に入った。四角い顔で髪がやや薄く白髪交じりで黒縁のメガネをかけていて、外見は8年前とあまり変わっていなかった。自分の姿を認めるとさすがに懐かしそうな顔をしていたが、もしかしたら、自分も、元校長からそう見られていたかもしれない。  
 となりの机の職員がいないのでその席に座るようにすすめてくれたので、そこに座った。
「最近はこんなものも使えないと仕事ができなくてね」
 なんていいながらパソコンを終了させてから手紙を取り出した。
 それは、昨年・一昨年・その前の年の12月に自分が書いた年賀状で、いずれも、P高校にいた時の同僚の田上先生という2歳くらい年下の女性の教員に宛てたものだった。
 それを見てぼくは、「なんだ、そのことだったのか」と思った。
 なんでこのことでわざわざ呼び出して話をしようとするのだろうか。どういう資格とか立場で、こういう話をしようとしているのだろうか。年賀状の内容というのが学校の勤務と直接関係があることのようには思えないが、元校長という立場でそれについて何を言おうとするのだろうか。
 まあ、しかし、確かにその年賀状の内容自体は一風変わったもので、こんな変な年賀状を出す人は、自分以外に絶対にいないとは言い切れないが、でも兎に角かなり変わった人だろう。

 あけましておめでとうございます。
 田上さんのヒステリックに叫んで叫んで叫びまくる凄まじい姿を今でも生々しく思い出します。
 本当に恐ろしいものでした。
 忘れようと思っても、どうしても思い出してしまいます。
          (その年の年賀状)

 あけましておめでとうございます。
 私は、今でも田上さんの狂ったように怒鳴りあげる凄まじい有様をよく思い出します。
 田上さんがああやって怒鳴りあげていたのは、怒鳴りあげること自体に楽しみを見出していたんじゃないかな。
 私は、今では、そんなふうに考えています。
          (その前の年の年賀状)

 あけましておめでとうございます。
 私は、今でもP高校にいた時のつらかったことを思い出します。
 P高校にいた頃は、銀行のATMでお金をおろすのがつらかった。
 ATMからお札が出てくるのを見ると、いつも「ああ、こんな紙切れをもらうために、田上さんのあの凄まじい叫び声や醜くゆがんだ顔を我慢するんだなあ。田上さんという頭のおかしいヒステリー女のことをいつもいつもバカにして「はい、はい」となんでもかんでも言うことを聞かなければならないんだなあ、本当に嫌だ。本当につらい」と、そんなふうに思っていました。
 だから、その頃は銀行のATMに行く時は、とても嫌な気持ちになっていた。
 今は田上さんのようなすさまじいばけもののいない職場なので、本当によかった。天国だ。と思っています。
           (その前の前の年の年賀状)

 これが見せてもらった内容。
 実際、自分で書いたものだし、自分の記憶の中にある内容とも一致している。
 軽部先生はこの手紙を見ながら、機関銃のように話し始めた。
「田上さんはねえ、田上さんはねえ、田上さんはこの手紙を見てパニックを起こしそうになっているんですよ」
「沢田さんから見ると田上さんは憧れのお姉さん」
「逆恋慕なんていうことで傷害事件でも起きたら大変だ」
「ストーカーなんだよストーカー」
 あんまりストーリーになっていない雑駁な感じの話しぶりで、とにかく「こういう手紙はよくない」「こんな手紙を書くのは絶対にやめるべきだ」ということを言おうとしていろいろと思いつくがままにしゃべっていた。
 そして、ヒステリックに似たような内容を繰り返していた。
 軽部先生は、P高校に勤務していた頃はこれほどではなかったと思う。
 確かにヤクザ映画に出てくる暴力団の幹部みたいな人格的圧力を重視する圧迫的・暗示的なしゃべり方を重視し頻繁に用いていた。そして、それがうまくいかないと興奮して同じ内容を繰り返すようなところは、確かにあった。でも、こんなに最初から興奮して支離滅裂な文言繰り返し言い続ける人ではなかった。年を取って少し変わったのだろうか。
 ぼくは、あっけにとられ、「はいはい」という返事を繰り返していた。自分が逆の立場だったら「どういうことが言いたくてこういう手紙を出すことにしたのか」「どんな気持ちでこの手紙を書いたのか」等々うまく質問して相手の見方・考え方をうまくつかむようにしたいところだと思った。
 目の前にそれを書いた張本人がいるのだから、まずはどういうつもりで書いたのか聞きたい。どうも好奇心が少なくて、いろいろな角度から物事を考えていくようなことが嫌いで、最初から結論が決まっている予定調和的な世界を偏愛しているらしい。あらかじめ自分が正しいと思っていることが決まっていて、それを相手の頭に植え付けることだけに頭の働きが偏っているような印象だった。

※ 次の話→ヒステリックな女教師の思い出⑤


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