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東京在住、筋トレ、カラオケ、旅行、写真、読書、THE BAND,Elvis Presl…

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東京在住、筋トレ、カラオケ、旅行、写真、読書、THE BAND,Elvis Presleyが好き。

最近の記事

穀神、軍神、象徴

はじめに 2024年夏、新米入荷を間近に控えたいま、日本中がコメ不足におちいり、「令和の米騒動」と騒がれている。スーパー、米屋、通販でもなかなか、手に入らない。  日本は1970年から2017年まで、およそ50年近く「減反政策」を実施してきた。この政策が廃止されたのが2018年度だが、欧風化された食生活が浸透する中、コメの需要は減少傾向にあるといわれている。にもかかわらず、コメが手に入らない。そうなると、人々は不安に襲われる。コメと日本人の関係を「食料問題」として処理できな

    • 『地震と虐殺 1923-2024』を読む

      はじめに 本書を読んでいるあいだ、何度か目から涙がこぼれた。虐殺された被害者に対する同情や憐みはもちろんだが、それだけではない。口惜しさ、焦燥感、そして無力感にとらわれたのだ。そして、すべての日本人が本書を読み、いまから100年前の日本人の負の歴史に向き合い、差別と暴力の根絶に向かわなければいけないのだ、と叫びたい衝動に駆られた。このような読書体験は、近年まれなことだった。 地震 関東大震災――1923年(大正12年)9月1日11時58分に発生(震源は相模湾北西部)、関東

      • 『自伝的革命論 〈68年〉とマルクス主義の臨界』を読む

        はじめに まずもって、日本の新左翼(反-日本共産党系)学生運動の構造について振り返りたい。なぜならば、筆者が 〈68年〉について語る多くの著作物に接するとき、小阪修平の以下の一文が頭をよぎらないことがないからである。  加えて、だれが書いたものか記憶にないが、《大学新入生がどの党派に属するかは、どの大学のどの学部に入学したかでほぼ決まる》という言説も忘れることがない。この一文が意味するところは、新入生が学生運動に関心を示したうえ、どこの党派に属することになったかといえば、

        • 絶望の2024都知事選

          はじめに 7月7日午後8時、選挙速報で小池百合子当選の報を聞いたとき、やっぱりだめだったかという残念な気持ちを抱いた。 やがて、蓮舫が3位、石丸伸二が2位という続報を耳にして全身の力が抜けた。 しばらくすると、「東京」が東京でないという悪夢が襲ってきた。  生まれてからこの方、「東京」に住み続け、なんの不自由もなくその利便性を享受し、気楽に暮らしてきた。その「東京」が東京でないことを自覚した。  ある日ある時、自分は不意に穴ぼこに落ち、暗闇を潜り抜けて壁の外側にいた。外側

        穀神、軍神、象徴

          戦後日本リベラリズムと総力戦体制

          はじめに 「日比谷野音story100年の残響 番外編上下(東京新聞朝刊2024/01/17-18)」を読んだ。1960年代の日比谷野音(野外音楽堂)が学生運動の主舞台だったことを紹介したものだ。この新聞記事は、全共闘運動〔註1〕とは大学機構に対する学生の純粋な異議申し立てだったのだが、それを潰したのが新左翼党派(以下「セクト」)だった、という筋書きである。大雑把に言えば、全共闘ノンセクト・ラディカル〔註2〕は善であり、新左翼セクト(革マル派をのぞく主要8派=後述)は悪だと

          戦後日本リベラリズムと総力戦体制

          『福田村事件』を読む

            はじめに 福田村事件のことを知ったのは高校時代の友人との久々の飲み会だった。それはいまから一年半前位くらいだっただろうか、いまとちがって「関東大震災100年」の機運はなく、もちろん映画の公開もなかったころのことだ。現在(2023年9月)とは情況を異にしていたにもかかわらず、旧友二人がなぜ、当該事件のことを知っていたのだろうか。その答えを当人たちに直接聞く前に、本書を読んでみてその回答を得たような気がした。その理由については後述する。  さてその福田村事件とは、1923年

          『福田村事件』を読む

          『長澤延子全詩集』を読む

          長澤延子の生と死 長澤延子は享年17歳で服毒により自ら命を絶った夭逝の詩人。あまりに短すぎる生涯だった。本書に収録されているクリハラ冉(くりはら・なみ)が作成した「年譜」および同じく福島泰樹の「解説」を参照しつつ、長澤の短い生涯を辿ってみる。 1932年2月1日、父・竹次-母・タツの長女として桐生にて誕生。 1936年3月、4歳のとき生母タツを喪う。 1937年正月、幼い縊死を試みる。   同年5月、父、再婚   同年6月、 弟、出生 1939年、父、招集 1

          『長澤延子全詩集』を読む

          グノーシス主義を考える(4)

          〔第二部〕グノーシス主義とはどのような思想なのか(その3) 『ナグ・ハマディ文書』を読む(3) 「ヨハネのアポクリュフォン」 (5)肉体的人間の創造(§58~69)  ヤルダバオートが創造したアダムは動くことができなかった。そのアダムを助けたのが至高神が送り込んだ光輝く者たちであった。その者たちはアダムをよみがえらせ、ヤルダバオートをしのぐまでの力を与えた。それを知ったヤルダバオートとその配下の者は、アダムを捕らえると、物質界全体の底の部分へ投げ込んでしまった。  それ

          グノーシス主義を考える(4)

          グノーシス主義を考える(3)

          〔第二部〕グノーシス主義とはどのような思想なのか(その2)『ナグ・ハマディ文書』を読む(2)「ヨハネのアポクリュフォン」 (3)中間界の生成(§26~43)  この単元から、「ヨハネのアポクリュフォン」(『ナグ・ハマディ文書』)の叙述に大きな転換が訪れる。それまでは、プレーローマにおける上位の神格が階層的秩序のもとに整えられ、神霊界の秩序が形成されたかのように思えたものが一転する。かくして、カオス的様相を呈するのである。それまで見られたキリスト教との接点がなくなったわけで

          グノーシス主義を考える(3)

          グノーシス主義を考える(2)

          〔第二部〕グノーシス主義とはどのような思想なのか(その1)二元論とグノーシスとは、あんなにも頻繁な拒否と断罪にもかかわらず、実際には西欧のキリスト教における〈悪〉の概念に濃い影を投げかけてきた。それらのものである二極的思考(神とサタン、光と闇、善と重さの霊など、大いなる闘争、根源的で執念深い或る種の悪意)は、われわれの思考にとって無秩序の秩序というものを組織してきた。西欧のキリスト教はグノーシスを断罪してはきた、けれどもその軽やかな一つの形、和解を約束する形を保ってきたのだ。

          グノーシス主義を考える(2)

          グノーシス主義を考える(1)

          〔第一部〕グノーシス主義とその時代 2009年、春秋社から発刊された『グノーシス主義の思想 〈父〉というフィクション』(大田俊寛〔著〕)が2023年、同社「105周年記念復刊」という企画の一環として新装再出版された。これを機に、グノーシスについて再考してみることにした。 グノーシス主義研究の困難性  『グノーシス主義の思想』(以下「前掲書①」という)は、以下に掲げる文献の読み込みを通じて、グノーシス主義とは何かを明らかにした書だ。大田が示した文献とは、▽発見されているグノ

          グノーシス主義を考える(1)

          洗脳(その2)あの連中は私を抹消して作り直そうとしたの

           そのとき人間の存在はいかなるところにあるのか。卑小な日常性に据え置かれる。背反する意識はどうなのか。意識は観念の上昇へと向かう。観念の上昇過程とは、イデオロギー、大きな物語としての宗教、世界を解釈できたと思う陰謀論などへの接近である。そのとき据え置かれた存在、すなわち卑小なる日常性は、たとえば、カルト教団が強いる理不尽な単純労働と窮乏生活への忍従によって満たされる。  拙稿「洗脳(その1)」では、先の大戦を契機として、戦勝国である米国が、敗戦国である日本および日本人が明治維

          洗脳(その2)あの連中は私を抹消して作り直そうとしたの

          洗脳(その1)日本人を日本人以外の何者かにしようという企て

          まえがき 洗脳(マインド・コントロール)というものが広く社会に知られるようになったのは、1990年代、オウム真理教の活動が報道されるようになってからだと思われる。この教団の熱心な信者は全財産を教団に寄進し、出家と称してサティアンと呼ばれる合宿所のような住まいで集団生活を営み、瞑想・ヨガ等に励んでいた。その異様な姿がテレビを通じてお茶の間に飛び込むようになり、それを見た信者の家族・友人が心配して家に帰るよう説得を試みるが、信徒はとりあわない。彼らはマインド・コントロールされてい

          洗脳(その1)日本人を日本人以外の何者かにしようという企て

          1930年代(最終章)

          満州事変90周年(その2) 幻の村前章で参考とした『幻の村-哀史・満蒙開拓(手塚孝典〔著〕)』(以下「前掲書」)はまことに示唆に富む書である。同書は満蒙開拓団の悲劇を伝えるだけにとどまらない。国家という巨大装置と、そこに所属する微小な個人との関係性を問うている。大なる国の策が動き始めると、小なる個の感性、教養、自負は吹き飛ばされ、それに従順な徒となってしまう。あたかも、見えざる魔手に導かれるかのように。本稿ではそのことにふれ、「1930年代」の最終章とする。 哀史・満蒙開拓

          1930年代(最終章)

          1930年代(30)

          満州事変90周年(その1) 満蒙移民の悲劇 拙稿の執筆を開始した昨年(2021)は満州事変から90年に当たっていた。90はまるい数字ではあるけれど、周年事業にはなじまない。あと10年経過すれば100周年にあたる。そんなこともあり満州事変90周年に係る事業・報道等は、管見のかぎりではあるが、目立たなかったように思う。  そんななか、『幻の村――哀史・満蒙開拓』(手塚孝典〔著〕早稲田新書)及び『101歳からの手紙~満洲事変と満洲国~〔先川祐次・三浦英之〕〈ウエブサイトwithne

          1930年代(30)

          1930年代(29)

          日本浪曼派(その4) 日本浪曼派と戦争保田輿重郎は戦争についての記述を残している。満州事変の報を契機として、戦争により鬱屈した閉塞状況が突破される兆しを感じ取ったためだろう。日本浪曼派にとって、戦争とはなんだったのだろうか。 戦争は神話の曙  この引用は、1938(昭13)年9月に上梓された、『戴冠詩人の御一人者』の緒言の冒頭箇所である。当時の世情は、総力戦に向けて、国民がすべからく統合されようとしていた時期に当たる。同年1月には、御前会議にて「支那事変処理根本方針」が決

          1930年代(29)