【ナナマル サンバツ/サマーウォーズ】杉基イクラ先生インタビュー
現在イクラ先生がヤングエースに連載している『ナナマル サンバツ』は、競技クイズを題材にした学園ラブコメ。競技としてのクイズにそれほど馴染みが無くてもすっと読めてしまうし、気づけばクイズという競技に詳しくなっていたりする。可愛いヒロインでキュンキュン出来る萌え要素だって、もちろん忘れていない。いろんな要素が絶妙なバランスで取り入れられているこの作品。しかし、そもそも何故クイズを題材に選んだのだろうか。
スポ根×ラブコメ×萌え
杉基イクラ(以下イクラ):私自身も『ナナマルサンバツ』を描き始めるまでクイズのことは殆ど知りませんでしたが、文献を読んだり、映像資料を見ているうちに『なんて面白い世界なんだ!』と夢中になりました。実際にクイズの大会を観戦させてもらう機会もあったんですが、楽しそうで一生懸命なプレイヤーの方々と関わっているうちに、クイズへの探究心は更に深まり、競技クイズを題材にした漫画を描きたいと思うようになっていました。
本作の主人公、越山識もクイズに関しては全くの素人。そんなところから物語は始まる。主人公もイクラ先生自身も、そしてクイズを知らない読者も同じ目線でクイズと向き合うから読みやすい作品に仕上がっている。そこに、ヘアバンドが抜群にチャーミングなヒロイン、クイズオタクの深見真理が登場する。
イクラ:実は、女の子を描くのって苦手なんです。気合を入れすぎて女の子が怖くなっていると担当によく言われますよ(笑)絵としてはちょっと怖い女の子だったり、劇画みたいなものが好きなので、今は意識してそっちの方向にいかないように描いています。
確かにこれまでのイクラ先生の作品を振り返ると、『ヴァリアンテ』のアイコ、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の藻屑、なぎさ。ちょっと気軽には声を掛けづらい雰囲気のある女の子達が多い。
イクラ:最近の作品、例えば『サマーウォーズ』ではキャラクターデザインの貞本先生の絵になるべく近づけるよう意識して描いていたので、自分の絵の毒気が抜けていたのかもしれません。原作付きの作品の良い部分は、そんな風に自分の持っている要素とは全く違うものを描けるところです。そこで自分の裾野を広げて、また自分の作品に還元する、みたいな。
同人活動で拓けたプロへの道
イクラ先生の作品を手に取ればすぐに解ることだが、一コマ一コマが本当に丁寧に描かれている。それでいて読み手を疲れさせることなく、一気に読ませる勢いがある。ここにくるまで、イクラ先生は絵とどう付き合ってきたのだろうか。
イクラ:初めて絵を描いたのは、多分幼稚園でのお絵かきだったと思います。そこで先生に褒められていい気になって、誰しも経験しているようなありふれた感じですよ。
ありふれていないのはそこから。作家としてデビューするまで、ひたすら絵を描き続けたという。
イクラ:小学生の時は当時好きだったロボットアニメの絵を描いたり。初めて漫画を描いたのは中学校一年生の頃で、所謂オタクと言われるほうになったのも中学から。当時住んでいたのが北海道の田舎で、クラスメートは小学校から一緒の幼なじみばかりだったので、それで何かが変わるということもありませんでした。で、新しい人達が混じる高校からオタクをひた隠しにして過ごしたわけです(笑)
そのひた隠しにして過ごした高校時代、すでに集英社のイラストの賞をもらっていたのだから驚くばかり。高校に通う傍ら、同人作家としての仕事も受けていた。
イクラ:アンソロジーの作品とか、同人作家でも商業誌に描ける機会がそれなりにありましたから。高校時代から同人誌を作って、アンソロジーの仕事もやっていて、就職しようって気にならないのは普通の流れで(笑)絵が描きたくて進学した短大の美術科でも、今思えばそれ程熱心な生徒ではありませんでした。
大学在学中、くおん摩緒名義で既にデビューしていたイクラ先生は卒業後も迷うことなく漫画家の道へと進んだ。同人作家として活動していた時代と、商業作家としてデビューした後では、やはりいろんな変化があったのだろうか。
イクラ:実を言うと、そんなにないんですよ。同人誌もかなり本気でやっていたので、締め切りに合わせて描く、という習慣は既に身についていましたから。もちろん載る場所が自費出版誌から商業誌になり、取引先が企業になり、関わる方々が多くなる分責任も大きくはなりましたが、描くときの姿勢に関してはそれほど変わりませんでした。
知り合う作家が増えたり、担当がついたり。プロになって周りの環境は変わっても、イクラ先生と漫画との関係は変わらなかった。こうして聞いていると、本当にずっと絵を描き続けてきたことがひしひしと伝わってくる。そんなイクラ先生でも、もう嫌だ、と思ったりすることはあるのだろうか。
イクラ:締め切りの度に『うわーっ!』ってなっていますよ(笑)ただその分、脱稿したときはすごく爽快だし、その時にはもう『次も頑張ろう!』という気持ちになっているんです。その繰り返し。今までそうやってきて、実は原稿を落としたことはないんです。一回諦めて落としてしまったら、そのまま何回も落とすようになってしまう気がして。自分の中でそこは、絶対守らなければならない一線です。絶対に、何が何でも原稿は落とさない。
このストイックさ。考えてみれば、生半可な覚悟で一つのことにここまで没頭出来るわけがない。この極限状態で仕事をしながら、なんとプライベートでは一児の母という顔も持っている。
イクラ:子供を学校に送り出したり、朝には必ず子供と関わる時間が必要なんです。なので夜の変な時間に寝るよりは夜通し仕事をしてしまって、子供を送り出してから寝た方が楽だったりしますね。
お子さんも、最近絵に興味を持つようになったという。自宅にある仕事場でお母さんがずっと絵を描いているのだから、それも頷ける。
小さな山をひとつずつ
作家であり母であるイクラ先生から、次世代へのエールをもらった。
イクラ:たくさん、いろんなことを達成してみればいいんじゃないかと思います。例えば、作品を一本描き上げる、とか。『持ち込みをするんだ!』と決めたら自分の作品を持ち込んだその時に達成感を味わえばいい。ガチなコンクールで大賞を取る、なんて目標じゃなくても、自分自身で小さな山を作って、それを一つ一つ順々に超えていけばいいんじゃないでしょうか。それを続けていれば、自然に道は拓けると思います。
最後に、人生の殆どの時間描き続けている絵、飽きることはないのかと聞いてみた。
イクラ:飽きる隙もないくらい、漫画を描くのは『面白い』です。
杉基イクラ先生プロフィール
北海道出身。地元で精力的に同人活動に励み、学生の頃からコミカライズの仕事などを請け負う。大学卒業後は上京し、本格的に漫画家として活動。『サマーウォーズ』のコミカライズなどを経て、現在は月刊ヤングエースにて、競技クイズを題材にしたマンガ『ナナマルサンバツ』を連載中。